光 110

 起き上がろうとしてたのは鴉にバレなかったみたいで、鴉は無言のまま僕の顔を濡らしたタオルで拭いてくれた。



 拭いてくれたところが、扇風機とエアコンの風で冷やされて気持ちよかった。






 タオルを濡らして来るのが僕のためにっていうのは思ったけど、こういう、冷やす効果を狙ってのことだったんだって分かったら、余計にありがとうって思って、僕はもう鴉に全面降伏状態だった。






 前に鴉が言ってくれた、大事にしてやるって言葉は本当。気持ちは本物。



 これがウソやニセモノだって言うなら、僕は騙されてもいいよ。






 そう思えるぐらいの人。相手。に、なった。なっちゃったよ、鴉って存在は。なるでしょ。






 この人を信じないで誰を信じるって言うの?






「鳥居をのぼってくと神社があるんだよ。気狐ちゃんが住んでたところだよね」

「へ⁉︎」






 全面降伏で鴉に身体をだるーんって預けてたから、びっくりが倍増の気分だった。






 あの鳥居の先に神社。



 きーちゃんが住んでたところ。






 ね?って天ちゃんがきーちゃんに聞いたらしい。



 きゅうってきーちゃんの返事。






「狐の像なかった?」

「あった‼︎」

「うん、それ気狐ちゃんと気狐くん」

「気狐くん?」

「気狐くん。気狐ちゃんの『つがい』だった子」

「………え、だったって?」

「もう居ない」

「何で⁉︎」

「理由までは分かんないけど、もうね、だいぶ前からあそこには神さまも気狐くんも居ない。気配がない」






 僕的に衝撃的事実が明かされている間にも、僕は鴉に顔を拭かれて、首を拭かれて、半袖から出てる腕を拭かれてた。



 拭かれたところがどんどんすーすー冷えてって、頭や脇や足の付け根の冷え冷えで冷えてく。身体がどんどん楽になってってる。






 気持ちの部分も大きいんだよね、きっと。






 鴉が居て世話を焼いてくれて、天ちゃんも居てくれてるっていう安心感。






「背中拭くぞ」






 女の子や小さい子じゃないんだからって思わず突っ込みたいぐらい、鴉は僕をそっとそっと抱き起こして、一言言ってから僕のTシャツの裾から手を入れて背中を拭いてくれた。






 こういうの、ちょっと前までうわぁってなってたはずなのに。



 自分でできるから触らないで、ってさ。






 なのに、今はそうは思わない。



 思わないどころか、わざわざ背中拭くぞって言ってくれたことに鴉の気遣いを見て、全面降伏がさらに全面降伏。加速する。






 絶対あり得ないけど、ここまでしてくれた鴉がいつかあの先輩たちみたいになっちゃったとしても、あんなことを鴉が僕にしたとしても、絶対あり得ないって思うから思うのかもだけど、それでも僕は鴉を信じる。信じられるよね。






 恥ずかしいし、何言ってんの僕?だから言わないけどさ。






 ここまで。



 ここまでしてくれる人を、僕は知らないから。初めてだから。






「そこがどうかした?」






 僕が鴉の手にだるーんってなりすぎてて会話が進まないのに痺れを切らしたのか、天ちゃんに聞かれてはってなった。






「えっとね、そこに行って掃除したいんだ」

「掃除?」

「掃除?」

「うん。今日、狐さんを発掘したんだよ。でも道具も何も持ってってなかったから、発掘して汚れを少し払うぐらいしかできなくて」

「………」

「何でまた急に?」

「それは………」






 言っていいのかな?いっちゃんが言ったからって。ダメなのかな。






 一瞬迷った。






 迷ってる間に天ちゃんの質問。



 気狐ちゃん?って。ひとつ目ちゃん?って。






 答えていいのか分かんないから、答えなかった。言葉では。



 でも絶対伝わってた。伝わった。






 ごめんね、いっちゃん。



 けど、ウソはイヤだ。黙ってるのもイヤ。






 他でもない。聞いてるのは天ちゃんで、聞いてるのは鴉、だから。






 鴉はさっき僕を抱き起こしたのと同じようにそっと、僕をまたソファーに寝かせてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る