鴉 110

「そこがどうかした?」

「えっとね、そこに行って掃除したいんだ」

「掃除?」

「掃除?」






 天狗と光の話だから余計な口を挟むつもりはないし、特に意識して聞き耳を立ててたつもりもなかったのに、赤い鳥居、からの掃除発言は思わず俺も聞き返すぐらい、連想できない言葉だった。






 うんって、光が背中に手を突っ込んでる俺を見上げて頷く。






「今日、狐さんを発掘したんだよ。でも道具も何も持ってってなかったから、発掘して汚れを少し払うぐらいしかできなくて」

「………」

「何でまた急に?」

「それは………」






 天狗に聞かれた光は口ごもって、視線を動かした。



 部屋のすみに固まる小さいの3人の方に。






「気狐ちゃん?」

「………」

「ひとつ目ちゃん?」

「………」






 光は言葉で返事はしなかった。



 でも、目で。表情で、返事をした。






 いつの間にか起き上がってた天狗にも、分かっただろう。ひとつ目だって。



 ひとつ目が、何か。






 背中を拭き終わって、光をまたソファーに寝かせた。



 腹側を拭こうと思って、やめた。






 光は複数人の男に襲われてる。






『襲われてる』の、『内容』。



 それは、『多少』ではあるけど、知ってるから。






 ずっと俺や天狗にしてた警戒。



 それがやっとここまでなくなった。






 ああ、そうか。



 光は俺を信じてくれたってことか。






 俺なら何もしない。



 俺なら。俺だから。






 光が言ってもいないことを、光の態度から自分で勝手に言語化して、心臓の動きがおかしくなった。一瞬。



 その動きのせいなのか、胸のあたりがあったかくなってそして。






「あそこはかなり荒れちゃってるよねぇ」

「………うん」

「ぴかるんひとりだと大変じゃない?」

「………うん」






 そして。






「鴉」

「鴉」

「………っ⁉︎」






 ふたりから同時に名前を呼ばれて、それこそびっくりして心臓が。






 びっくりすれば、俺だってどきってなる。どくどくする。



 ただ今回は。今は。






 勝手にひとりで光を言語化して、それに何故かどきんなんてして、何やってるんだ俺ってところにその当人と、親同然の天狗に同時に呼ばれなんてしたから、あり得ないぐらいどきんってなって、変な汗まで滲んだ。




 同時だったから、天狗と光が目を合わせた。顔を見合わせた。



 天狗が言外に光を促した。



 そして光が。






 光が。






「鴉、あのね」






 それだけで思った。気づいた。これは。






 光の小さい手が俺のTシャツの裾をつかむ。






 これ、俺がうんって言うやつだ。






 まだ光が何を言うかも分からないのに、俺の返事は分かった。俺が絶対うんって、いいって言うやつだ、これ。






「赤い鳥居のところ」

「………」

「そこの掃除を、僕たちと一緒にやって下さい」

「………」






 じーって。



 下から。ソファーから。俺のTシャツの裾をちょんって握って光が。






 普段から濡れたみたいに見える真っ黒な目が、今は身体が熱いせいか余計に濡れてるみたいだ。






 昔テレビで見た人間の誰より、光の方が整った顔をしてる。



 光の顔はそういう顔。






「鴉、お願い」

「………分かった」

「いいの⁉︎」

「ああ」

「やったー‼︎鴉ありがとうっ‼︎」

「………っ⁉︎」

「わわっ⁉︎」

「へ?」






 光が。急に。



 ソファーに寝転がってたのに。






 光が、ありがとうって急に起き上がって俺に飛びついてきたから。急だったから。



 光の顔をちょっとじっと見てて、整ってる顔だなんて見てて、だから。






「大丈夫?」

「ごめんなさいっ‼︎」

「………」






 ぶって、思わず吹き出した。



 光が飛びついてきた勢いを受け止めきれず、でも光は落とさないよう抱き止めて、ひっくり返ったまま。






「うわぁ、鴉が笑ってる〜⤴︎かわいい〜⤴︎」

「あ、あの、鴉?」






 光。



 俺が拾った、予想外なことばかりする、面倒な小さいの。



 初めて会った同種。人間。






 大事にしてやる。



 俺ができることは何でもしてやる。






 気持ち、なんて分からない。






 ただ。



 抱き止めた俺より小さい熱い塊に、改めてそう思った。

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