光 109

「光、もういいなら転がれ」






 2杯目も一気に飲んで、天ちゃんにありがとって言ったら、手を出された。






 あ、コップ。






 ありがとって渡したら、今度は天ちゃんの後ろに居た鴉がぼそっと。






 ちょっと不機嫌っぽく見えるのは気のせい?






 ………鴉はいつも不機嫌っぽく見えなくもないっていうか見える。だから気にしない方がいいか。






「うん」






 外に居たときより全然良くなってきたけど、僕は言われた通りソファーに寝転がった。



 そしたら鴉が僕の頭をひょいって持ち上げて、ひんやり枕。



 右手を持ち上げて脇に冷たいの。左も。



 足の付け根のところも、ズボンの上から。






「冷たくて気持ちいい〜」






 身体がまだ熱いから冷やすっていう単純なことが、こんなにも気持ちいいなんて。






 はあ〜って勝手に大きく息が出た。目も閉じた。ほぼ勝手に。



 まさに脱力。






「中身は砂糖と塩とレモンだよ」






 へ?何が?






 脱力しすぎてて一瞬の空白。で、気づく。ジュースのことだ。






 砂糖と塩とレモン。



 うん。レモンのいいにおいがすごくしてた。






「巷で言うスポーツドリンクみたいなものだね」

「へー。そんなすぐできちゃうんだね」

「そう。意外でしょ?」

「うん、意外」






 スポーツドリンクなんて、市販のやつしか飲んだことがなくて、僕はその市販のがちょっと苦手だった。



 作った方がおいしいなら作った方がいいよね。しかも簡単そう。






 作り方教えてもらおうかなって、考えてたとき。






 そこに、扇風機やエアコンの風以外の、何かが動く空気がして、僕はぱちって目を開けた。



 そしたらビンゴで鴉が立ち上がってた。






 何かしにどこか行っちゃうのかな。天ちゃんも居るし。






「タオル濡らしてくる。すぐ戻る。寝てろ」






 タオルを。






 僕のために、だ。






 うんって返事をしたら、デカい手が僕の頭にぽんって乗った。






 何かちょっと、恥ずかしかった。






 恥ずかしいよね?恥ずかしいって。



 行っちゃうの?って鴉に思うって。






 いやいや、あれだよ。今ちょっと僕弱ってるから。身体が。そしてメンタルが。






 天ちゃんの特権とか使っちゃって、こんなちょっと居候の身の僕なんかがってのもあって、ほら、またしても迷惑かけてるしさ。



 だからちょっと鴉に。






 ちょっと、あれだよ。うん。あれ。






 ………あれって何だろ。






 はあ〜って、さっきとは別の意味で、大きく息を吐いた。






「ぴかるん、しばらく棘岩は行かない方がいいかもねぇ。あそこは日陰がなくて暑いから」

「………うん。それはちょっと思った」






 心配かけてごめんなさい。






 謝ったらぴかるんはいい子だねぇって撫でられた。






 これ。この、小さい子扱い。






 僕ってそんなに小さいかな。






「あ、天ちゃん。あそこならいい?」

「ん?どこ?」






 ほんの少し身体を起こして天ちゃんを見たら、天ちゃんがよっこいしょって床の上に転がるところだった。






 眠いのかな。






「赤い鳥居がいっぱいあるところ」

「赤い鳥居?」

「そう、赤い鳥居」

「棘岩の近くの?」

「そう‼︎それ‼︎」






 やっぱり知ってるよね?って、起き上がって色々聞こうと思ったけど、鴉が来たのが分かって、やばいってそれはやめた。



 ここで起き上がったら絶対怒られる。






 鴉も知ってるのかな。



 あそこ、キレイにしに行きたいな。






 いっちゃんが『おそうじしたい』って言ったのもあるけど。






 僕はあの狐の像が気になってたまらなかった。

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