光 108
鴉も台所に行っちゃって、静かになった居間。
扇風機の音とエアコンの音が、外の蝉の声と一緒にぶーんとかごーとか響いてた。
「大丈夫だよ」
静かなのは、いっちゃんもかーくんもきーちゃんも静かだから。
みんな何でか居間のすみっこでじっとしてるから。
心配してくれてるのかな?
責任を感じちゃってる?
まさか自分がこんな風になるなんて、とは思ってる。
気をつけてたつもりだった。
絵に描いたようにつもりだっただけだけど、こういうのってある意味仕方ないじゃん。なりたくてなってるわけでも、狙ってなってるわけでもないんだから。
帽子かぶってて、お茶も飲んでたから大丈夫って、暑いのは暑かったけど、暑いのは今日だけじゃない。昨日も一昨日も暑かった。
たまたまだよ。たまたまなっただけ。
たまたまだし、いっちゃんときーちゃんはもののけ。かーくんはカラス。
縁がないわけじゃん。熱中症なんて。
だからそんなに、そんな風にならなくても。
天ちゃんと鴉が来てくれて、もう家なんだから。もうこれ以上、ひどくはならないんだから。
「大丈夫だからね」
どうにもこっちに来ようとしない3人に、もう一回言った。
クワっ
返事をするかーくん。
きゅう
返事をするきーちゃん。
でも、いっちゃんの声だけは、いつまでも聞こえなかった。
「ほーら、ぴかるん。ジュースだよー」
「………ジュース?」
ちょっと目を閉じてたらちょっと寝てたみたい。
天ちゃんの声に目を開けた。
「そ。その名も『汗をかいたときはコレジュース』」
「………え?」
「ん?」
汗をかいたときはコレジュース。
何だろうそれ。聞いたことないけど。
天ちゃんは片手にお茶の容器、片手にコップを持ってた。
でも中身はお茶じゃない。
汗をかいたらコレジュース。………名前がどうかと思う。
え、名前って大事。聞いて飲みます、飲みたいですってならない名前って名前の意味が。
「………あ、うん、えっと。………ちょっとその名前ダサいなって」
「ええ〜、天ちゃん渾身の命名なのに〜。ぴかるん、ひどーい」
天ちゃん命名ってことは、天ちゃんの手作りジュースってことだ。市販品じゃない。
天ちゃんはコップにその謎の名前の飲み物を注いで、僕をソファーから起こしてくれた。
それはおいしいの?それとも機能的なことだけを考えてのものなの?
どんな味なのか聞くよりも先に、もう天ちゃんにコップを渡されて、一緒に持たれて口元に近づけられて、これは問答無用なんだねって僕は観念して一口飲んだ。
あれ。
一口飲んであれってなって、その後は一気飲み。
甘いレモンジュース。って言っても、レモンの味がすごくするってほどレモンレモンしてない。ほんのりレモン。
意外って言ったら怒られそうだけど、名前からして期待してなかったのに。
「これおいしい」
「汗かくときはコレがいいよー」
「コレなあに?」
「だから汗をかいたときはコレジュース」
「そうじゃなくて中身だよ、天ちゃん。何が入ってるの?レモンのにおいがする」
「もう一杯飲む?」
「飲む」
喉が潤う。
身体が潤う。
もう一杯を、僕はまた一気に飲んだ。
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