鴉 108
ちょっと待ってろって光の頭に手をあてて熱さを確認してから、アイスノンを取りに行った。
早く、冷やしてやらないと。
台所では天狗がレモンを搾ってた。
「どう?ぴかるん」
「意識はちゃんとしてる」
「そっか。じゃあコレ飲ませて様子見て、だね〜」
コレって。
天狗が搾ったレモン果汁をいつもならお茶を入れてるピッチャーに入れながら言った。
それが何て名前なのかは知らない。
でも、天狗がいつからか、俺が光より小さい頃からずっと夏になると作ってるやつ。飲み物。
甘くてちょっと酸っぱい飲み物。
「お茶じゃなくてそれ持たせれば良かった」
「まあ、そうかもだけど、今日はたまたまいつもよりちょっと暑いし、ぴかるんは街の子だからね。仕方ないって」
「………」
「ほら、アイスノンと保冷剤。できたから行こ行こ」
さっき、棘岩では俺が急かしたのに、今度は天狗に急かされて、俺は急いでアイスノンと保冷剤を4個、冷凍庫から取り出した。
脱衣所からフェイスタオルも。
早く冷やそう。
小さい光がぐったりしてるのを見るのは、自分がぐったりするより耐えられない。
「ほーら、ぴかるん。ジュースだよー」
「………ジュース?」
「そ。その名も『汗をかいたときはコレジュース』」
「………え?」
「ん?」
「………あ、うん、えっと。………ちょっとその名前ダサいなって」
「ええ〜、天ちゃん渾身の命名なのに〜。ぴかるん、ひどーい」
テーブルの上でアイスノンをタオルで巻いてたら、意外と光が元気そうにしゃべってて、ちらってそっちを見てみた。
天狗に支えられて起き上がって、天狗が一緒にグラスを支えて、光はその飲み物を飲んだ。
カラスとひとつ目と気狐が、ちょっと離れたところから光を見てる。
心配、なんだろう。
でも、手を出せないってことが分かってる。
自分たちに今できるのは、邪魔にならないでいること。そんな感じ。
ひとつ目の不思議な力も、人間の脱水症状には効かないらしい。
光は最初、グラスに注がれたそれをおそるおそる一口飲んだ。
そして、まずくないことが分かったらしく、一気に飲み干した。
「これおいしい」
「汗かくときはコレがいいよー」
「コレなあに?」
「だから汗をかいたときはコレジュース」
「そうじゃなくて中身。何が入ってるの?レモンのにおいがする」
もう一杯飲む?って天狗に、飲むって答えて光はもう一杯をごくごく飲んだ。
気に入ったのか。それともそこまで喉がかわいてたのか。
「光、もういいなら転がれ」
「うん」
早く横になれ。いつまでも起きてるな。
って、天狗の後ろで思ってたのは、伝わってないと思いたい。
飲んでありがとうって天狗にグラスを渡してから素直に転がった光の頭の下に、アイスノンを敷いた。
小さいタオルに包んだ保冷剤は両脇に挟んで、脚の付け根に置いた。
冷たくて気持ちいいって、光は目を閉じた。
いつもならそんなに使わないエアコンも効き始めた。
まだ開けっ放しのドアや窓を閉めよう。
濡らしたタオルで光の身体を拭こうって。
俺はまた立ち上がった。
「中身は砂糖と塩とレモンだよ」
「へー」
「巷で言うスポーツドリンクみたいなものだね」
「へー。そんなすぐできちゃうんだね」
「そう。意外でしょ?」
「うん、意外」
天狗と話しながら目を閉じてて、でも俺が立った瞬間目を開けて、気のせいか、どこ行くの?って顔をしてるように見えた。
「タオル濡らしてくる。すぐ戻る。寝てろ」
「うん」
少しでも安心させようと思わず撫でた頭は、やっぱり熱かった。
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