光 107

 鴉を見て反射的に伸ばした手は、伸ばされた手を反射的にとっただけなのか、すぐに握られてそのまま抱き寄せられた。






 ああ、鴉だ。






 自分で起き上がってなくていいのがすごく楽で、そんな理由だけで僕は鴉に全力で凭れた。






 良かった。



 鴉を泣かせずに済んだよね。






 とは、思うけど。






「………ごめんなさい」






『天ちゃんの力を借りる』っていう特別な権利を使えるのは、天ちゃんと親子みたいな関係の鴉の特権であって、ほんのちょびっと居候させて貰ってる僕のじゃ、ない。






 とも思ってて、なのに使って。の、ごめんなさい。



 僕が死んじゃったら鴉が泣いちゃうから、なんて理由は、理由になる?






 鴉の響く指笛。



 ぺたぺた触られる顔。



 熱いなってぼそって言ったのはどっちだろう。天ちゃんか、鴉か。



 そして、帰って水分とらせて冷やそうって、いつもよりてきぱきした、今度は分かる天ちゃんの声。






 また、迷惑かけちゃってるよね。






 そう。『また』。






「………ごめん、なさい」

「謝るな。何で謝る」






 これで何回目だっけ。こういうの。最初からそうだもんね。






 反省を含めてのごめんなさいに、かなりムッとした鴉の返事で、余計にごめんなさいってなった。






「だって………呼んじゃったし」

「ちょっとぴかるんっ。これで呼ばなくていつ呼ぶの?いくら天ちゃんが心優しい天狗でも、さすがにそれは怒るよっ💢」






 そして天ちゃんにも。言われた。怒られた。






 何かあったら呼ぶようにいつもしつこいぐらいに言われてる。



 でもそれは防犯ブザー的な感じの意味でしょ?



 防犯ブザーって、押したらダメな感じじゃん。不用意に鳴らしたら迷惑じゃん。鳴らさないのがマナーっていうか。



 実際に押すのはちょっと。僕には。






 鴉にムッとされて、天ちゃんに怒られてのダブルパンチ。






 これで呼ばなくて、いつ。






 暑さに参って自分で動けない状態で呼ばないって、変な人に追いかけられてるのに、持ってる防犯ブザーを握り締めて逃げてるのと同じ?






 ダブルでパンチされて、そこでやっと確かにそうかもってちょびっと思えて、僕はもう一回ごめんなさいって謝った。






「天狗、早く」

「うん。あ、ごめーん‼︎急いでるから猫又ちゃんは自力で来て〜‼︎」






 のは、ものすごく普通にスルーされた。






 びゅううううう………






 スルーの後、風がまた、吹いた。



 鴉が風から僕を守るみたいに、ぎゅって、してくれた。











「オレ飲ませるもの作るから、鴉はぴかるん冷やして。エアコンもいれよう。アイスノンと保冷剤。身体拭いて扇風機」






 普段の天ちゃんからはかなりあり得ないぐらいてきぱきした指示に、こっちはそうだよねって超納得のてきぱきした動きで、黙々と従っていく鴉。






 僕はぼふってソファーにおろされてころんって転がされてずぼって靴を脱がされた。






 鴉は終始無言。怒ってるかも。怒らせたかも。とか。



 暑いとか頭が痛いとか気持ち悪いとかあるけど、僕があまりにもてきぱきされるがまま過ぎてちょっと。

 笑っちゃうって言ったら、鴉はもっとムッとしちゃう?


 扇風機の風が直。

 ピって電子音。



「ちょっと待ってろ」






 一回おでこにデカい手を置いてから、鴉の気配が居間から消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る