鴉 107

「鴉」

「………っ⁉︎」






 しばらく俺はタブレットを見てた。



 天狗は黙ってそこに居てくれた。俺の横に。






 天狗が居るっていう安心で、安心感で、さっきみたいにはならなかった。後悔や罪悪感、マイナスの感情がわいて来ることは。



 逆にこれを今見ておいて、いつか何かで山をおりたときに繋がればいい。繋げればいい。知識と経験を。そうとさえ思えた。






 その時だった。






 隣で天狗が突然びくって身体を震わせて、俺の手からタブレットを払い落とした。



 そのまま腕をつかまれて、次。



 次の瞬間には。






 風。






 風とともに。






 びゅうううううっ………






 天狗につかまれてない方の腕で、思わず顔を覆った。






「光⁉︎」

「わお、ぴかるん」






 風がやんで目を開けるとそこは、眩しい、暑い、強くて痛い日差しの下だった。



 棘岩だった。



 その、間。



 そこに。






 光、が。






 光が、俺に向かって手を伸ばしてるのが見えて、俺も反射的に手を伸ばして光を抱き寄せた。



 触れた瞬間思った。






 熱い。






 いつもの光の体温じゃない。






「………ごめんなさい」






 気分が悪そうにぐったり俺に凭れてる光。



 暑さにやられたか。






 俺は指笛を鳴らしてカラスを呼んだ。



 すぐにカアアアアアッ………て返事と、ばさばさって音が少し離れたところから聞こえた。



 天狗は光のおでこや顔を触ってる。



 気狐が心配そうにきゅうきゅう鳴いてて、ひとつ目がひとつしかないデカい目を見開いて光を見てた。






「帰って水分とらせて冷やそう」

「………ごめん、なさい」

「謝るな。何で謝る」

「だって………呼んじゃったし」

「ちょっとぴかるんっ。これで呼ばなくていつ呼ぶの?いくら天ちゃんが心優しい天狗でも、さすがにそれは怒るよっ💢」

「ご、ごめんなさ………」

「天狗、早く」

「うん。あ、ごめーん‼︎急いでるから猫又ちゃんは自力で来て〜‼︎」






 ここから数メートル離れたところにある黒くて大きい塊。蹲るネコマタ。






 こっちのちょっとした騒ぎには、気づいてないようだった。






 もう一度、天狗の風がびゅうううううって吹いたのと、ばさばさばさってぎりぎりのタイミングでカラスが俺の肩にとまったのが同時だった。






 家から一瞬で棘岩。



 棘岩から一瞬で家。






「オレ飲ませるもの作るから、鴉はぴかるん冷やして。エアコンもいれよう。アイスノンと保冷剤。身体拭いて扇風機」






 てきぱきと天狗に指示をされる。けど、やることは分かってた。



 それは俺も過去に何回か暑さにやられてこんな風になったことがあるから。






 俺はまずついたままだった扇風機をソファーに寝かせた光に向けて靴を脱がせてリモコンでエアコンをONにした。






 おとなしくされるがままの光。






 その顔にはごめんなさいって。



 天狗に怒られて口にこそしてないけど、思いっきり書いてあった。

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