光 93

 鏡越しに目が合った。



 歯磨きをシャコシャコしながら。



 と、思うんだけど、鴉は無言のまま先に歯磨きを終えて洗面所を出てった。






 鴉はいつも無口で無愛想。






 これ、いつも通りだよね?






 って、思いたいのは、ちょっと変だと思うから。






 ひとり残された洗面所で、僕はシャコシャコ念入りに歯磨きをした。






 居間に戻ったら天ちゃんと鴉が難しい顔して立ってて、やっぱりいつもと違う感じだからどうしたの?って聞いた。



 そしたら、鴉が気持ち悪いって。






「え⁉︎大丈夫⁉︎吐きそう⁉︎」






 鴉が気持ち悪いって何?どういうこと?






 僕はめちゃくちゃ焦って思わず鴉のおでこに触った。ものすごく反射的に。



 吐きそう?って聞きながらおでこに触るのもどうかと思うけど、ほら熱とか。



 山でそんな暑いとかなくても、それなりに湿気はあるから熱中症とか。



 鴉に限ってそんなこと、は、ないよ。油断大敵。






 鴉のおでこは、触って熱いって思ったけど、これが熱かどうかよく分かんなかった。






「そういうのじゃないんだって」

「へ?」

「ぴかるんそれついさっきのオレの反応」

「へ?」

「だからそれが」






 そういうのじゃない。



 ってことは。






 鴉のおでこに触ったまま、よく分かんなくて天ちゃんを見た。






 体調不良じゃ、ないってこと?の視線。






「こんなの知らない。初めてだ」

「え?へ?何?何が?何の話?」






 ぼそっと鴉は言って、胸のところにあててた大きい手をぎゅってした。



 逆の手は、僕の、鴉のおでこにあててる手の手首をぎゅって。






 無愛想な無表情、ではない顔。



 怒ってるみたいな。困ってるみたいな。






 僕も困っちゃうけど。手。



 手首をつかまれて。






 じっと見られる。






 真っ黒な目。



 鴉って呼び方がぴったりな。






 無駄に顔が整ってるから、ちょっとどきっとするよね。手首握られたまま、そんな風に見られたら。






「光、もう寝よう」

「ぅえ⁉︎ね、寝る⁉︎」






 鴉がいきなりすぎて、僕はもう何が何だか。






 ちょっと待ってよ。どきっとかしてたし、頭がついていかない。寝る?寝るって言った?もしかしてまた一緒に寝るの?






「目、冷やそう。タオル濡らす」

「へ?え?気持ち悪いのはどこ行っちゃったの?」

「どこにも行ってない。ここにある」






 どこにも行ってなくてここにあるのに、僕は今から鴉と寝るの?目を冷やしてから?



 じゃあ気持ち悪いのはどうするの?そのままなの?寝たら治るの?天ちゃんに側に居てもらった方がいいんじゃないの?






 そんな僕たち?鴉?を見て、天ちゃんが何かに気づいたみたいであって言った。






 ぽんって、ご丁寧に手まで叩いてる。



 拳をてのひらに。



 ひらめいた、的に。






「天ちゃん?」

「鴉、気持ち悪い?」






 こくんって、いっちゃんがよくするように頷く鴉。






 よく分かんないけど、気持ち悪いなら僕と一緒じゃなくて、天ちゃんと寝た方が。



 いいよね?






 って僕の提案は。






「鴉がやきもち焼いてる‼︎うわぁ、やばい‼︎オレ嬉しい‼︎」

「へ?」






 提案さえできなかった。






 やきもち?






 何のこと?



 どういうこと?






 天ちゃんがわーわー騒ぐ横で、僕と鴉はぽかんってしてた。

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