鴉 93

「吐きそう?熱は?」






 いや、そういう意味じゃなくて。



 って言う間もなく、天狗が俺のおでこに触れた。






 天狗は人じゃない。



 だから俺より全然丈夫にできてて、天狗は知ってる。



 人の脆さを。






 こういうときにそれは顕著。



 少しでもいつもと違うと。






「熱はないか。けどもう寝よ。すぐ寝よ。今すぐ寝よ」

「………違う」

「へ?」

「体調が悪いの気持ち悪いじゃなくて」

「へ?」

「この辺が、気持ち悪い」






 この辺、で、胸の辺りをおさえた。



 天狗の視線がそれを追って、うん、だから気持ち悪いんだよね?って。






「これがどういう感情かが分からない。だから気持ち悪い」

「感情?」

「感情」

「体調じゃなくて?」

「感情」






 ………ふんって。







 天狗が珍しく困ったように黙った。



 そこに光が来て、どうしたの?って。






「鴉が気持ち悪いって」

「え⁉︎大丈夫⁉︎吐きそう⁉︎」






 天狗よりびっくりした感じで今度は光が言って、俺のおでこに手をあてた。






 いや、だから。






 ………心配、してくれるのか。光は。






 体調じゃなくてって言おうと思ったけど、小さい光が俺より低い位置から手を伸ばしてるので、それで一瞬、気持ち悪いのがどこかに行った。






「そういうのじゃないんだって」

「へ?」

「ぴかるんそれついさっきのオレの反応」

「へ?」

「だからそれが」






 手は俺のおでこ。



 けど顔は天狗に。



 で、また。






 天狗と光で俺の話をしてるのに、心配してくれてるのに。






 知らない感情。






「こんなの知らない。初めてだ」

「え?へ?何?何が?何の話?」






 胸のとこ。



 おさえてたところをぎゅって握った。






 天狗だけと光だけ。



 は、何ともない。



 なのに天狗と光は気持ち悪い。






 急にだ。



 さっきのアレから。



 天狗が光を。






「光、もう寝よう」

「ぅえ⁉︎ね、寝る⁉︎」

「目、冷やそう。タオル濡らす」

「へ?え?気持ち悪いのはどこ行っちゃったの?」

「どこにも行ってない。ここにある」






 ここ。



 よく分からない、初めての。



 光が関係してる、何か。






「あ」

「ん?」

「………?」






 おでこにあてられた光の手を、どけるために細い手首をつかんでた。



 どけたけどつかんでた。



 このまま部屋に連れて行こう。






 あ、は。天狗だった。



 天狗が俺と光を見て言った。






 そして、天狗は。






「天ちゃん?」






 光の、俺がつかんでない方の手を、手首をつかんだ。






 何。






 何で。






「鴉、気持ち悪い?」

「………」






 気持ち悪いかそうじゃないかで聞かれたら、それは。



 それは。






「鴉がやきもち焼いてる‼︎うわぁ、やばい‼︎オレ嬉しい‼︎」

「へ?」

「………」






 やきもち。






 俺が。






 やきもちって。






 天狗がつかんでる光の手首。



 俺はそれを、離せってどかした。






 うわぁ。うわあぁっって。



 天狗がうるさかった。

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