光 92

 鴉がついてくる。



 僕を見てる。






 ………よね?






 食器棚からグラスを出して、冷蔵庫からお茶を出して入れた。






 見られてる気がする。






 何でだろう。僕がまた泣いてたから?



 どうした?ってこと?心配?






「飲む?」






 大丈夫だよ。嬉しかっただけ。



 近いいつか僕が帰っても、ここがある。ここがあって鴉が居て天ちゃんが居て。



 言葉にしてもらって嬉しくて、ほっとして、しみたんだよ。






 って説明は、した方がいいのかな。



 しなくても大丈夫かな。






 こわい顔に見えた鴉が、気のせいじゃなくこわい顔なのか、それとも普通のこわい顔なのか見たくて、お茶を聞くフリで振り向いた。






 鴉って基本無愛想で無表情だからね。



 変にカッコいい顔だからそもそもこわいじゃん。






 僕にいつもと同じこわい顔かいつもよりこわい顔かって見分けられるのかな?天ちゃんならできるかもだけど。






「………いや。いい。ありがとう」






 見た鴉は………いつもより、こわいかも?






 どこが?どんな風に?って聞かれると全然答えられないけど。何となく。






 どうしたんだろう。



 さっきまではいつもの、僕に甘々鴉だった。よね?



 気のせい?気にしすぎ?






 分かんなくて、使ったグラスを洗った。






 これは、グラスを洗うのはここに来てからやるようになったこと。家ではやらなかったこと。






 お世話になってて、夕飯後の片付けも終わってて、なのに自分が使ったグラスを置いとくことがすごい罪悪感でできなくて洗ったのが最初。



 それを見た天ちゃんが褒めてくれて、鴉も褒めてくれて、なら次からもそうしようって。






 ほら、こんな風に。






 ぽんぽんって、鴉が僕の頭に手を乗せてから、洗面所に行った。






 今のぽんぽんはグラスを洗ってるから。だと、思う。多分そう。






 無口通り越して無言が多い鴉は、表情も無愛想通り越して無表情が多い。



 天ちゃんが言葉にすることって言うけど、こういうときは本当に言葉にして欲しい。してくれないと分かんない。






 分かんないんだよ。






 ………分かんなかったんだ。






 そこから母さんを思い出して、父さんを思い出して、僕のアレを思い出した。






 母さんと父さんと僕のアレが、言葉にしなかったことの後悔の塊。






 言葉にしないと。



 なら、言葉にしてたら。






 なんて思ったって、時間は戻らないよ。



 もう過ぎたことだから後悔なんでしょ。過去だから後悔。



 未来に後悔はできない。






 グラスを水切りカゴに伏せて置いて、僕はシャコシャコ歯磨きの音が聞こえる洗面所に、鴉を追いかけた。

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