光 89

 鴉が僕をこうやってすると、かーくんはいつも鴉を攻撃する。



 僕がこういうことをされるとイヤって暴れるから、僕が何も言わなくてもイヤだと思って守ってくれてるのかそれとも。



 かーくんのやきもち?って、思っちゃう。






 どっちにしてもかわいい。






 僕はかーくんを呼んでおいでって手を伸ばした。



 きーちゃんは何も言わないけど、きーちゃんも心配してくれてるのは分かる。



 だからきーちゃんにも。いいよ、おいで。






 ふたりはそれぞれ僕に乗って、僕は鴉とかーくん、きーちゃんでちょっと暑かった。






 ここに来てから、こういうのを久しぶりにされてる。抱えられたり、撫でられたり、手を繋いだり、こういう。






 久しぶり、の、だいぶ前の相手は母さんで、その記憶は薄い。



 特にこういう抱っこ的なのは、ほとんど無いに等しい。






 何だろう。



 鴉には散々、散々な僕を見せてて、見られてて、だからだよね。



 それでもこうしてくれる。呆れずにいてくれる。






 この人は、大丈夫。鴉は大丈夫。






 安心。






 母さんの抱っこは、嬉しいけど緊張してた。



 嬉しいのに、いつ離されるか分からない不安でいっぱいだった。絶対動いちゃダメって。






 なのに鴉には思わないっていうね。



 どれだけ安心しちゃってるの、鴉にっていうね。






「………ごめんなさい」






 そんな鴉だから、ちゃんと謝ろうって。



 僕はかーくんときーちゃんに顔を埋めながら鴉に謝った。






 デカくて熱い手が、僕の頭に乗った。






「何が?」

「ばかって言って」

「………うん」

「責任って言われて、何かイヤだったんだよ」






 恥ずかしいって、思う。



 恥ずかしいよね。



 責任って言われてイヤだった。大事って言われて嬉しかった。



 何それ。鴉に大事って思われたいって、何。






 なんだけど。



 



「俺も、言葉が足りなかった。悪かった」

「………うん」






 安心。






 言ってくれること。聞いてくれること。受け止めてくれること。分かってくれること。






 僕は僕でいいんだ。






 ここはそういうとこ。






「大事にしてやる」

「………」

「いつか光がここを出て行く日まで」

「………」






 ぎゅって。



 鴉の腕に力が入った。



 本当にそう思ってくれてるんだって、それで思った。






 僕がいつか、ここを出て行くまで。






 それは嬉しい約束で。それは悲しい約束。






 大事に。それは嬉しい。



 ここを出て行くまで。それは悲しい






 そうしなくちゃいけないのかもだけど、さ。それでも僕は。僕は、鴉。






「終わり?」






 こんなこと言っていいのかな、とは思った。



 言っちゃいけない。望んじゃいけない。



 だってこの山は人が入っていい山じゃない。人間が来ていい山じゃない。






 それでも思っちゃう。望んじゃう。






「いつかここを出たら、それで終わっちゃう?もう来ちゃダメ?」






 終わりにしたくない。鴉も天ちゃんも、かーくんもきーちゃんもいっちゃんもまーちゃんも。



 この山じゃないけど、緑鬼のゆっきーと赤鬼のゆうちんも。






「あ」

「ん?」

「それは全然考えてなかった」

「え?」






 結構勇気を出して言ったのに、鴉の答えは拍子抜けの答えだった。






「俺も行けばいいのか」

「どこに?」

「お前に会いに」

「え?」






 お前に会いに。






 鴉が。



 僕に会いに。






 思わず僕は鴉を見上げた。



 だって。






 だって、鴉が。






「来て、くれるの?鴉が?」

「俺は、今まで一度も山をおりたことがない」

「………うん」

「俺は生まれてないはずの存在だから」

「………うん」






 山をおりないことが唯一の孝行。



 鴉は言った。それが鴉に『ある』の最大をくれた人への、つまり、『お母さん』への孝行って。






 だから鴉がそんなことを言うなんて。



 僕は。






 そんなことを、言うなんて。






「でも、ここを出たらそれで終わりには、俺もしたくない。俺も光に会いに行く」

「………鴉」

「光は俺が初めて会った人間。俺にとって、一番特別な存在」






 どうして鴉はそんなことを、そんなすごいことを、この人はこんな無表情に、無愛想に言うんだろう。






「………それは、たまたまでしょ?もし僕じゃなくて違う人が倒れてたら、鴉はその人にそう言ったでしょ?」

「そうかもしれない。でもそのたまたまが光だ。だから光が俺の一番の特別」






 どうして、鴉は。






 無表情に無愛想に。



 果てしなく優しい、目で。






 じわって涙が浮かんで、僕はそれを見られたくなくて下を向いた。






「僕も来たい」

「………」

「また来たい。ここに来たい。帰ったら終わりは、イヤだ」






 声が、震えちゃった。



 泣いてるのがバレたかも。






 でも、鴉は何も言わなかった。



 うんってだけ言って、僕をぎゅってしてくれてた。



 小さいのは小さいらしく、こうやって甘やかされてろって。






 何それって、僕は。






 鴉に凭れたまま、泣きながら、笑った。

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