鴉 89

 抱っこした光はおとなしく抱っこされてた。



 カラスがばさばさ飛んで邪魔してきたけど、かーくんって光が呼んで、おいでって手を広げたら、光の腕におさまった。気狐も一緒に。






 一丁前にやきもち。






 好きだよな。カラスも気狐も光が。



 前はここまでうちに来てなかった。気狐だって、天狗曰く気狐の家があるらしいのに帰る気配がない。






 それだけ一緒に居たいってことか。






 俺が抱っこしてる小さいのが小さいのを抱っこしてる。



 入れ子みたいだなって思った。






 そういえば最初から、光を抱き上げるのはよくやってる。


 倒れてた光を拾ったときが最初で、その後何回も何回も。






 小さいのは、なかなかに手がかかる。



 光でこれなら、生まれたばっかだった俺はさぞかし大変だっただろう。






 天狗は、さぞかし大変だっただろう。







 俺は捨てられたけど、天狗に拾われてこうして生きてる。



 天狗に手をかけ時間をかけてもらって、大事に。






 ………俺は天狗のようにできているのか。






「………ごめんなさい」






 カラスと気狐を抱える光が、小さく言った。



 光の髪の毛がくすぐったくて、おさえる。






「何が?」






 聞く。






「ばかって言って」

「………うん」

「責任って言われて、何かイヤだったんだよ」

「俺も、言葉が足りなかった。悪かった」

「………うん」






 光が、いつも抱き上げるとじたばた暴れる光が、今日はじっとしてた。



 じっとして、俺に身体を預けてる。






 小さいのは、そうやって甘えればいいんだ。






「大事にしてやる」

「………」

「いつか光がここを出て行く日まで」

「………」






 いつか。



 光が、ここを。






 それを寂しいと思うのは、それだけ光の存在が大きいから。おおきくなったから。






 光を抱き締める腕に、ぎゅって力を入れた。



 光はじっとしてた。






 じっと俺に身体を預けてて。






「終わり?」

「………?」

「いつかここを出たら、それで終わっちゃう?もう来ちゃダメ?」






 もうここに来ちゃ。



 ってことは。






 光が山をおりても、来るってこと。



 光が、また。






「それ、は」

「ん?」

「それは全然考えてなかった」

「え?」






 いいのか。



 俺は、光が山をおりたらそれで終わりだと思ってた。






 いいのか。



 俺だってここに閉じ込められてるわけじゃない。



 俺が勝手に。






 俺は、捨てられたから。



 生きてちゃいけないから。



 だから俺はって。






 この山も変な噂があって誰も入って来ないだけで、出入りできない状態になってるわけでも何でも。






 ってことは。






「俺も行けばいいのか」

「どこに?」

「お前に会いに」

「え?」






 光がびっくりしてた。



 びっくりして顔を上げて、俺を見た。






 小さい光。



 俺が初めて会った人間。






「来て、くれるの?鴉が?」






 まさか俺がそんなことを言うとは思ってなかったのか。



 光が泣きすぎて腫れぼったい目をぱちぱちさせてる。






 後で冷やしてやろう。少しはマシになるかもしれない。






「俺は、今まで一度も山をおりたことがない」

「………うん」

「俺は生まれてないはずの存在だから」

「………うん」






 居ないはずのない存在が、居たらダメだろ。



 俺はずっと、そう思って。






 天狗は一度も、そんなこと言ってないのに。






「でも、光がここを出たらそれで終わりには、俺もしたくない。俺も光に会いに行く」

「………鴉」

「光は俺が初めて会った人間。俺にとって、一番特別な存在」

「………それは、たまたまでしょ?もし僕じゃなくて違う人が倒れてたら、鴉はその人にそう言ったでしょ?」

「そうかもしれない。でもそのたまたまが光だった。だから光が俺の一番の特別」






 光の目に、また涙が浮かんだ。



 光はそれを誤魔化すように俯いた。






「僕も来たい」

「………」

「また来たい。ここに来たい。帰ったら終わりは、イヤだ」






 うん。



 またがある。



 終わりじゃない。






 俺が山をおりて光に会いに行くって言ったら、天狗はどんな反応をするんだろう。





 天狗はきっと。



 天狗は絶対。






 そんな俺を喜んでくれる。






 小さい光を抱き締めた。



 くすぐったい柔らかい髪を撫でた。






 光はじっと。



 じっと、してた。

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