光 87

 夜に山に出るのはさすがにバカだって分かってる。



 だから部屋までダッシュした。






 勢いに任せて戸を開けたら、部屋に居たかーくんが飛んだ。きーちゃんが部屋の奥に逃げた。






 ごめんねって思ったけど、部屋だからすぐ鴉か天ちゃんが来るかもって、そのまま大急ぎで無言で押し入れから布団を引っ張り出した。



 敷布団をばさって投げて、掛け布団をその上にぼとって落として、そのまま掛け布団の下に潜る。






 拾った責任。






 その言葉がぐるぐる回る。



 引っかかる。



 刺さる。






 分かってる。鴉は普通のことを言っただけ。



 そうだよ。普通のこと。



 拾った。うちに連れてった。だから面倒を見てる。






 なのに、分かってるのに、何が、何で、こんな気持ちなのか分かんない。



 自分が怒ってるのか悲しいのかも分かんない。



 ただ涙が出てくる。






 ばさばさってかーくんが布団を被ってる僕の上に乗った。



 きーちゃんが布団からはみ出してる僕の足にすりすりしてる。






 このふたりだって、ここに来たのが僕じゃなかったら。なくたって。



 ここに居るのが違う人だったら。違う人でも。






 考えて、ううってなった。






 ううってなってたら、戸を叩く音と鴉の声。



 光、入るぞって。






 いいよ、入って来なくて。何で来るんだよ、ただの責任なんでしょ?鴉のバカ。






 返事もしないでじっとしてたら、入って来た。






 近づく足音。



 気配。






 そして。






「ごめん」






 ぼそって、鴉が言った。






 何がごめんなの?何に対して?



 自分で自分の気持ちが分かんないのに、謝られたって分かんないよ。



 何にごめんなの?分かんないのに言っとけばいいやのごめんなら、そんなの要らない。欲しくない。






「拾った小さいのの面倒は、拾った俺が見る。それは、拾った俺の責任」






 黙ってたら鴉が言った。また言った。






 だからいいって。それは分かったよ。そしてそれが普通だよ。分かってる。



 でも聞きたくない。僕はそれを聞きたくなくて逃げたんだ。なのに追いかけて来てまでまた聞かせるって何?






 耳を塞ごうとした。



 涙出るし、鼻水出るし。もういい。もうイヤだ。






「けど光」






 耳を塞ぐより先に、頭に手。



 鴉の手。大きい。熱い。






 だから耳を塞ぐタイミングを失って。






 聞こえた。






「拾ったからには、手をかける。時間もかける。大事にする。それが、拾った俺の責任」






 拾ったからには。






 手を。時間を。



 かけて、大事に。






 またそこで責任って言葉が出たのに、聞いたのに、僕のゆるんだ涙腺は崩壊した。






 大事に。



 の、言葉に。






 僕が鴉に拾われて、ここに連れられて来たのは偶然。



 僕じゃなくても、拾ったのが誰でも、どんなでも、鴉はその拾った存在の面倒を見る。それが責任。






 っていう、その責任の中に。






 大事に。



 手をかけ時間をかけて、大事に。






 ぼろぼろ。



 ぼろぼろぼろぼろ。






 うん。






 そう。僕は大事にされてる。鴉に手を時間をかけてもらって大事に。






 死にに来たはずなのに、それがもうできず、山をおりることもできないのは、ここで僕が大事にされてるから。



 鴉に。天ちゃんに。かーくんに、きーちゃんに。






 頭に鴉の手。



 背中にかーくんの重み。



 足にきーちゃんのぬくもり。






 拾われたのは他の誰かでも何かでもない。



 拾われたのは僕。






 この先を考えることはこわいしイヤだけど、今この瞬間だけを切り取るなら僕は。






 僕は、鴉に拾ってもらえてよかった。



 鴉でよかったって。ここでよかったって。






 鴉。






 僕はそう、思うよ。

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