鴉 86
「鴉、ありがと」
って、夜光に渡されたのは、キレイに畳まれた、昼間に光の汗と涙と鼻水を拭いた俺のTシャツだった。
光は昼ご飯を食べて自分の食器を洗ってから、泣いて汗だくになった汗を流すためにシャワーを浴びて、そのついでに風呂でせっせと洗ったらしい。
わざわざアイロンをかけてから外に干してて、アイロンをかけたからあんまりスッキリしない今日の天気でもかわいたらしい。
天狗も一緒に作った夜ご飯を食べて、順番に風呂入って、の、ときにありがとうって渡された。
うんって、受け取った。
「光、髪の毛」
「かわかしたよ?」
「まだ濡れてる」
「いいよ、これくらい」
「いつものことだから、そろそろ諦めろ」
「………いいのに、これぐらい」
「鴉がやりたいだけだよね〜?ね〜?鴉」
「………」
今日は休みの天狗。
だから珍しく、この時間にも居間に居て、俺と光の台所での会話に入ってきてさらっと。そんな。
そんなことを。
俺が、やりたい。
光の髪の毛を。
だけ。
「そうなの?」
小さい光が、すぐ側から俺を見上げた。
まだ少し濡れてる黒い、柔らかい髪。
真っ黒な目。
顔得な顔。
光は小さい。
小さいけど。
けど。
けど、何だ。
何だ、俺。
どきんって、心臓が変な動きをして、俺はそれに驚いた。
まだじっと俺を見てる光。
思わず、本当に思わず、俺は目の前の、まだ少し濡れてる光の髪の毛に触った。
手が勝手に、光の髪の毛に触れた。
「………ひ、拾った小さいのの面倒は、拾った俺が見ないと」
天狗に俺がしてもらったように、俺は光にする。そう決めた。だからやる。
そして、そうして、俺がやって、小さい光のかなしいにおいが、少しでもなくなったら。
「………拾った、小さいのの」
小さい光が、パって俺から目をそらした。
俺の言ったことを小さく繰り返して。
「責任?」
「………そうだ」
「………」
責任。
あの日俺が拾ったのは命。
だから責任を持たなければならない。責任を持って。
「座ってろ。ドライヤーを持ってくる」
責任を持って、の続きにひとりで恥ずかしくなって、それを誤魔化すために光から手を離して離れた。ドライヤーを取りに洗面所に。
「………いい」
「………え?」
「いい。やんなくていい。何だよ、鴉のばかっ」
………え。
え?
光の口が尖ってた。
光が口を尖らせてた。
そして逃げた。ダッ………って、俺の前から。
拾った小さいのの面倒は、本当に。
何度も思う。本当に、本当に予測不可能で意味が分からない。
逃げてった光を、手が追った。
手で、しか、追えなかった。脚は動かなかった。
………に、逃げられた。
え、何で?
何で。
「鴉は思ってることをもっと詳しく相手に言ったほうがいい」
天狗が居間でそう言ったのが、放心の耳に聞こえた気がした。
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