光 85
ありがとうってどう伝えたらいいんだろう。
言葉で伝えればもちろんいいんだけど。
追いかけて来てくれて、いつもはあんまり喋らないのに、色々言ってくれて、泣きまくったから涙と鼻水でぐしゃぐしゃの僕の顔を、何の躊躇いもなく服で拭いて手を引っ張って連れて帰ってくれた鴉。
炊き込みご飯のおにぎりがあるよ。先に顔洗う?って、僕の泣きまくった顔をぶさって言いながら心配してくれる天ちゃん。
死にに来た山で、何から何までお世話になってる上に、ふたりには………ふたりだけじゃなくてかーくんたちにも、ありがとうって言葉だけじゃ全然足りない。
とりあえず鴉の、僕の涙と鼻水のTシャツは僕が洗うからね‼︎って死守した。
鴉ならいいよ別にって洗濯機に入れてまわしちゃいそうだったから、絶対ダメって家に着いてからしばらく見張った。
分かったよって分かってるって少し笑って言った鴉は、悔しいけどやっぱりカッコよくて、僕は何とも言えない気持ちになった。
そういう外見になりたかったよ。僕は。
さっき天ちゃんに美少女って言われてムキになって言い返しちゃったけど、どうしたってイマイチ男っぽくなっていかない僕の顔と身体。
挙げ句に女の子じゃないのに襲われて。
鴉が着替えるところ見ちゃったけど、どきってした。
そうだよね。こういうのが男の人だよね。
僕は昔から小さくて女顔。でもまだ成長期だし‼︎っていう前向きな気持ちは、先輩たちに襲われたときにぽっきり折れた。
どこまでも、どこまでもどこまでも羨ましい鴉。
羨ましいけどありがとうって思う気持ちは本当。
お世話になってる。ありがとうじゃ足りないぐらい。
家の手伝いを含めたって足りないぐらい。
天ちゃんがおにぎりにしてくれた、鴉が作ってくれた炊き込みご飯に、いたーだきーますって手を合わせた。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
って、どれだけでも言えるのは、天ちゃんと鴉が色々教えてくれるから。
もっと色々、僕はここで色々、教えてもらいたい。
………ううん。そういう建前の、ここに居たいって願望。
ここは、鴉が羨ましいってもやもやすることはあっても、居心地がいい。
ここにいたら、天ちゃんと鴉に『ちゃんと育てて』もらったら、僕も鴉みたいになれるかもしれないじゃん。
逃げ。
逃げだよ。全部。
ぱくって食べたおにぎりがおいしくて、今日はそれだけで泣けてきた。
この山をおりたら僕は、家に、寮に帰ったら僕は、こんな風にご飯を食べることもないんだ。
ダメだ。泣いちゃうって、僕は台所の入り口のところで僕を見ながらコソコソ話してるふたりに意識を向けた。
「何そこでコソコソ話してるの?」
「え〜?コソコソはしてないよ〜?ぴかるんかわいいね〜って言ってたの。ね?鴉」
「………」
「天ちゃんさっき僕にぶっさって言ったじゃん」
「大丈夫だよ、ぴかるん。さっきだけじゃなくて今もぷちぶっさだから」
「ぷちぶっさ⁉︎」
「ぷちでぶさいく」
「そうじゃないよ‼︎解説しないでよ‼︎」
「え?意味を聞いたんじゃないの〜?」
「ちがーう‼︎」
矢が抜けたらなくなってしまうこの時間。
決めたのは僕だけど、どんなに考えてもずっとここには居られない。だから決めた。無理矢理決めた。
帰りたくない。
逃げだろうと何だろうと、気持ちはこっち。帰りたくない。ここに居たい。
天ちゃんがこっちに来て、いつもの僕の斜め前に座った。
そして。
「ぴかるんご飯おいしい?」
「うん。すごくおいしい」
おいしい。本当においしいよ。
ずっとコンビニやスーパーのおにぎりやお弁当だったから。
ずっとひとりで食べてたから。
「うんうん、おいしいよねぇ。ね、ぴかるん。鴉はいいお嫁さんになれると思わない?」
「え、鴉は男の人だからそれは無理だと思う」
笑う。そっかそっか。そうだよね〜って、天ちゃんが。
今日は涙腺がダメだ。
近いいつかに終わるこの時間が、イヤだなって僕は、思った。
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