鴉 85

 とりあえずTシャツを着替えて、脱いだTシャツを脱衣所の洗濯カゴに入れた。



 カゴに入れといてね‼︎洗濯しちゃダメだからね‼︎って、手と顔を洗うのに洗濯機横の洗面所に居た光に念を押されて笑った。






 分かったよ。分かってる。






 言ってるのに光は、俺が手洗いを終えて台所に行くまで俺を見張ってた。






 別に、いいのに。



 洗濯機に入れて洗えば落ちるだろ。涙と鼻水ぐらい。



 そこまで自分が洗うことに拘らなくても。






 光は小さくて、行動の理由が俺にはよく分からない。



 分からないから。






 光は面白い。小さくて、顔得な顔で、きゃんきゃんよく吠えて面白い。






 そう、思った。











「ぴかるんはかわいいねぇ」






 いたーだきーますって、台所。いつもの席に座って天狗が用意した炊き込みご飯のおにぎりと味噌汁を前に、しっかり手を合わせて目を閉じる光を見ながら天狗が言った。笑みを浮かべながら。



 台所の、入り口のところで。






「顔?いや、今ちょっとぶさってるな。何だろな。雰囲気?動き?性格?全部?何かもれなくかわいいよねぇ」

「………」






 そう思ってるのはおそらく天狗だけじゃないんだろう。






 テーブルにはカラスが乗ってて、ここからじゃ見えないけど光の足元には気狐が座ってる。



 光の何かが気に入って、あいつらは………今はいないけどひとつ目も、ネコマタもなのか?ネコマタは家には入って来られないからそこまででもないけど、もれなく光にべったりだ。






「仲直りできた?」

「………多分」

「多分て」

「話は、した」

「うん」






 天狗はそれ以上聞かなかった。



 だから俺もそれ以上は言わなかった。






 言えば聞いてくれる。



 聞けばまた何か教えてくれる。






 分かってる。分かってるから、ここまで。






 光は、俺が拾った小さいの。



 だから俺が世話をする。そう決めて、そうしてる。



 でも光は人間で、俺が初めて会う人間で、俺と違ってちゃんと人間の社会で育って、でも光は。






「何そこでコソコソ話してるの?」

「え〜?コソコソはしてないよ〜?ぴかるんかわいいね〜って言ってたの。ね?鴉」

「………」

「天ちゃんさっき僕にぶっさって言ったじゃん」

「大丈夫だよ、ぴかるん。さっきだけじゃなくて今もぷちぶっさだから」

「ぷちぶっさ⁉︎」

「ぷちでぶさいく」

「そうじゃないよ‼︎解説しないでよ‼︎」

「え?意味を聞いたんじゃないの〜?」

「ちがーう‼︎」






 さっきの、光が居ないときとは全然違った。うちの中が。



 光が居るだけで、天狗が俺とふたりだけのときよりテンション高くて、よく喋って、笑って、賑やか。



 光は小さい動物みたいにきゃんきゃんしてて、カラスと気狐も居る。






 光ひとりで、天狗と俺ふたりよりも倍以上。






 ガタガタと音を立てながら、天狗がいつもの席に座った。






「ぴかるんご飯おいしい?」

「うん。すごくおいしい」

「うんうん、おいしいよねぇ。ね、ぴかるん。鴉はいいお嫁さんになれると思わない?」

「え、鴉は男の人だからそれは無理だと思う」






 天狗の冗談に光が真顔で答えて天狗が笑う。



 そっかそっか。そうだよね〜って天狗が笑う。






 天狗はよく笑う方だと思う。俺は笑わなさすぎ………らしい。そんな俺とふたりのときでも天狗は笑う。






 笑うけど。






 ここまでじゃ、ない。






 光はいつここを出て行くんだろう。



 決めたのか?しばらく居るのしばらくを、いつまでにするか。






 ………それは光が決めること、か。






 天狗にお茶いれよう。






 光が居なくなったら。



 あの静かな毎日にまた戻ったら。






 俺は絶対に思う。寂しいって。






 天狗も寂しいって、思うのか。






 ヤカンに水を入れながら、俺は小さく息を吐いた。

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