光 84

 湿った空気の山。



 鴉に手を引かれて歩いた。



 帰るぞって言われて頭に浮かんだ家は、僕が住んでた家じゃなくて、天ちゃんの家。






 まだほんの1ヶ月ぐらいしか居ないのに、帰りたいと思う家は天ちゃんの家。



 天ちゃんが居て、鴉が居て、かーくん、きーちゃんが居て、いっちゃん、まーちゃんが遊びに来る家。






 いつまでも居たら、いつまでも居ちゃう。居続けちゃう。






 矢。



 今、僕に刺さってる矢はどんな風なんだろう。



 鴉と話してるどこかのタイミングで、息苦しいのが楽になった………と、思う。






 いっちゃんが居ないとなくならないそれが、いっちゃんなしで楽になった。






 帰ったら鏡を見てみよう。






 そして僕は。決めなきゃ。






 矢が3本、全部消えたら。



 消えたなら。その時は。






 僕が帰るとしたら、山をおりるとしたらタイミングはそこ。






 ………帰りたくないなあ。






 それがただ色んなことから逃げてるだけなんだとしても。






 山をおりたら、こんな風に追いかけて来てくれて、手を引いて帰ってくれる人は居ないから。






 涙がじわって、また浮かんだ。






 鴉に気づかれないよう、指でそっと拭った。











「おっかえり〜って、鴉、服きたなっ。ぴかるん顔ぶさっ」

「ぶっ…ぶさっ⁉︎」






 帰りたくないって思うもうひとつはこれ。天ちゃん。






 え、ぶさって何⁉︎ぶさいくってこと⁉︎






 それはちょっと………だいぶ、ショックだけど。






「………ただいま」

「あ、天ちゃん、あの、た…ただいま」

「うん、おかえり」






 この家には、待っていてくれる人が居る。



 おかえりって言ってくれる人が居る。






「いっぱい泣いたね、ぴかるん」

「………うん」

「顔やばいよ?」

「え、そんなに?鴉は何も言わなかったけど………。あ、僕、ぶさって言われたの初めてかも」






 心配してくれる人が居る。






 山の上と下で、全然違う。反対。真逆。



 同じ世界とは、思えないぐらい。






「ぴかるん美少女並みにかわいいもんね」

「………それ嬉しくない」

「褒めてるよ?」

「僕女の子じゃない」

「それもかわいいよね」

「それ?」

「『僕』」

「だってしょうがないじゃん‼︎この顔に『俺』って変なんだもん‼︎母さんがイヤがったんだもん‼︎」

「ぴかるん認めてるし」

「何がっ⁉︎」

「『この顔に『俺』って変って」

「だって本当に変なんだもん‼︎合わないもん‼︎」

「そういうとこが余計にかわいいんだよ、ぴかるん」






 山の上と下で正反対。






 僕ってこんなにも言えるやつだったんだ。



 こんなにも言えるんだったら、言っておけばよかった。






 したって遅いのが、後悔。してもしてもするのが、後悔。






 言ってたら、何かが少しは、違ってたのかな。






 違ってたんだよね。






 僕はまた泣きそうになって、天ちゃんから話を振られた鴉を睨んで必死に涙を堪えた。

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