鴉 64
「鞄持ってきたから、着替えた方がいい」
「あっちの魚は?」
「天狗と雪也に任せればいい。光は身体が冷えてる」
「うん、実はちょっと寒い」
ほらって光に朝光が着替えを詰め込んでた鞄を渡してやった。
大きめのタオルにくるまって、ありがとうって光は鞄から着替えを出す。
それを夕が、雪也に向ける目とは違う、でも穏やかさを含むそれで見ていた。
「雪也の弟を思い出す」
「………それ、さっきゆっきーも言ってた」
「………」
「草也と言って、兄さん兄さんって、よく山に来て雪也にくっついて歩いてた」
俺の視線に気づいてか、夕がぼそぼそと、目を細めながら言う。
雪也の弟。
それが光を見ている理由。
雪也は人間だった。
不思議な血桜の力で鬼になった。
ということは。
と、言うことは。
「今日は来ないの?その人」
「光」
「え?」
光は知らない。
雪也が人間だったって。だから仕方ない。
疑問に思って聞いても、仕方ない。
遮るのが、少し遅かった。
「草也は死んだ」
「………え」
「草也は人間。我らは鬼。寿命の違いだ、光」
寿命の、違い。
その事実を告げた声は、低く深い声だった。
鬼を、もののけと同じにしていいのか、俺には分からないけど、天狗。
天狗もこの鬼たちと同じで、人より、俺よりも確実に寿命は長い。そう聞いてるし、実際天狗を見てるとそうなんだと思う。
俺は成長し、天狗は変わらない。
つまりは俺も。
つまりは天狗に。
「………ごめんなさい」
「雪也は光が来て嬉しいんだろう。少々無茶をするかもしれないが、今日は相手をしてやってくれるか?」
頭からかぶっているタオルの両端を握ったまま、光はコクンと頷いた。
それを見る夕の赤い目は、果てしなく優しかった。
「もののけや野生動物が懐く人間、か」
パチパチと火が鳴る音の後、少し離れたところでこっちの様子を伺う気狐とカラスを一瞥して、夕はまた少し笑った。
気狐とカラスは、夕から感じる空気に怯えているらしい。こっちに来ない。
でも光が気になるらしい。離れても行かない。
俺も最初はこわかったもんな。特にこの赤鬼の夕は。
圧倒される。醸し出され、漂う空気に。
赤い色さえ見えそうなぐらいの。
「へ?」
「まあ、それも分かる。かわいいな、光は」
「へ⁉︎なっ、何言ってんのゆうちん‼︎」
「なあ?鴉」
「………」
「ちょっと、ゆうちん‼︎変なこと言わないで‼︎」
光は赤鬼さえ惹きつけるのか。
なんて。
くっくっくっくって喉を鳴らして笑う赤鬼に、光ってすごいんだなとか思いながら見てた。
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