鴉 63

「………」

「………」

「………」






 光が戸惑っていたのは最初だけだった。






 俺とひとつ目と赤鬼の夕の視線の向こうには、服のまま川に入ってきゃーきゃー騒いでる光。天狗と雪也も。気狐とカラスも一緒。






 それを俺と夕が、日陰に敷いた敷物に座って、ひとつ目は大きめの石に座って、黙って見てた。



 ちょっと離れたところにはネコマタが寝てた。






 ………雪也の、顔に似合わず豪快に遊ぶとこは変わってない。



 俺が小さい頃天狗に連れられて来たときも確か。






『お魚とろうっ‼︎』て、じゃぶじゃぶ川に突っ込んでったんだよ。服のまま、靴のまま。



『鴉おいで〜』って、青い空の下、緑の木々の下、雪也は俺より小さい子どもみたいに笑って、それを夕が。






 ちらって見る横。



 座る赤鬼。







 同じ。これも変わらない。






 夕が目を細めて、笑みを浮かべて、雪也の方をじっと見てた。











「鴉っ‼︎見て見てっ‼︎魚とれた‼︎」






 雪也は魚とりの名人レベルだった。



 きっと今日もいっぱいとるんだろう。それを焼いて食べるんだろうって、先に準備をしてたら、全身びしょびしょでぽたぽたと水を垂らした光がかなりのハイテンションでバケツを持って来た。



 その後ろには気狐。ばさばさと飛んでくるカラス。






 こんなにも元気な光は初めてかもしれない。






 石の上に置かれたバケツを覗くと、そこには15センチぐらいの魚が2匹。






 僕がとったんだよって、楽しそうに。






「すごいな」

「天ちゃんがまだ1匹もとれてなくて意外で、ゆっきーは凄すぎて意味分かんない」






 ゆっきーってお前。



 相手はおそらく何百年と生きてる鬼だぞ。






 って、天狗もそうかもしれない。今さらか。俺も呼び捨てだし。今さらか。






 俺は鞄から大きめのタオルを出して光の頭にかぶせた。



 そのまま髪の毛を拭いてやる。






 ひゃーって、やっぱりテンションがおかしい光が笑う。笑ってる。






 本当は、これが本来なのかもしれない。光の。



 悲しいにおいが消えてるわけではないけど。してるけど。






 本当はもっと笑ってはしゃいで喋って。






「魚、まだとるのか?」

「ううん。もう食べきれないぐらいだと思う」

「そんなに?」

「うん、そんなに。石で囲い作ってそこにゆっきーがとった魚いっぱい居るよ」






 梅雨の晴れ間。






 夏が近いから日差しも強くて、湿気もあるから今日は水遊びにちょうどいいぐらい暑い。






 とはいえ、ずっと川で遊んでた光は、タオルの上から触れても冷たく冷えてた。



 天狗と雪也はきっと風邪もひかないだろうから置いといて、光はそろそろ。






「夕、火頼めるか?」

「………ああ」

「………?」






 川辺の砂地に、石で一応円を作った。



 あんまり必要ないかもだけど、串に刺すであろう魚を焼くための場所として。






 燃やす木の枝は湿ってて使えない。



 炭を用意したんでもない。



 その辺は必要ない。






 何故なら夕が、火の赤鬼、だから。







 ぱちん。






 夕が指を鳴らした。






 円を作った石の中で、小さな火がいくつも灯った。






「うわぁ、すごい‼︎」







 光の感嘆が、山に川に、響いた。

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