光 59

 今日の朝ご飯はエッグベネディクトだった。




 母さんが時々作ってくれてた。

 ちょっと食べにくいけど、美味しいやつ。





 いただきますってしっかり手を合わせて、いただきますってすっごい思ってから、あんまり慣れてないナイフとフォークで、エッグベネディクトに戦いを挑んだ。






 そしたらじーって、横から鴉の視線。






 起こしてごめんなさい。とは思ってる。



 どたばたしちゃったから起きちゃったんだよね。まだ全然早い時間に。



 で、多分何で雑巾?とか不思議に思ってるんだろうと思う。それか、どうした?っていう心配。






 だと思う。






 思うけど、思うだけだから。






 ちょっと見過ぎで気になるんだけどって、僕も鴉の方を見た。



 がっつり目と目が合って、お互いにじーって見てて、天ちゃんがそこで笑った。






「鴉、言葉にしないと分からないよ」






 そうだよ。そうなんだよ。もっと言ってやってよ天ちゃん。



 僕にはテレパシー能力はないんだよ。






「言葉にしなくてもある程度のことが伝わるのは相手が『オレ』だから。ちゃんと言葉にしないとぴかるんには分からないよ?」






 うんうんって頷いてたら、さらにうんうん。



 そうなんだよ。うんうんうんうん。頷きすぎの僕を見て、天ちゃんがちょっと笑った。






 これだけ言われたらさすがに鴉だって言ってくれるよね?って、相変わらずじーって僕を見てかたまってるみたいな鴉を見上げた。






 じー。



 じー。



 じー。



 じー。






 間が長い。






 そんな何か難しいこと聞かれたり言われたりするの?って、ちょっと心配になってきたところで、やっと鴉が口を開いた。






「雑巾掛けって、何で?」






 ちょ。






 え。






 雑巾掛けって、何で?って。



 何でって。






 何だろう。



 ちょっとカクってなってちょっと答えに詰まった。そしたら天ちゃんがぶって吹き出して笑った。






 うん、そうだよね?笑うよね?笑っていいとこだよね?






『ちょ』ってなったもん僕。ちょっと待って何の、ちょ。






「まあ、そこが鴉のかわいいとこだけど〜」

「………?」

「『何で雑巾掛けをしようって思ったの?』でしょ?」

「………」






 え、そうなの?って感じできょとーんってしてる鴉が面白い。



 でも笑っていいのか悪いのか。






 背が高くて全身チャラチャラで金ピカな天ちゃんとは真逆の黒髪黒目黒服無口無表情無愛想。



 一見こわい。一見じゃなくてもこわい。



 でも実はすごい世話焼きで心配性。いっちゃんたちと出かけるたびに何かあったら………って絶対言う。



 僕がぎゃーぎゃー騒いでも、お弁当作ってっておねだりしても、無口無表情無愛想のままぎゃーぎゃーに付き合ってくれる、作ってくれる。






 その鴉のきょとーん顔が。






 天ちゃんの言う『かわいい』がちょっと分かって、笑いを堪えて変な顔になった。






 何で、か。






 まあ、そう思うよね。






「廊下見てたら、小さいときにやった雑巾掛けレースを思い出したんだ」






 幼稚園の父親参観でやった、雑巾掛けレース。






『光、上手だったな』






 数えるほどしかない父さんとの思い出。






 父さんは何で。………何、で。






 切ったエッグベネディクトを、僕はパクって食べた。









 朝ご飯の後片付けは僕がやらせてもらってる。



 お世話になってるからこれぐらい。






 足元にはきーちゃん。



 ちょこんっていつものように座って、右に左に尻尾が揺れてる。



 僕の足にふさっふさって。






 くすぐったいけど、ふふってなる。



 ふふってなりながらお皿を洗ってた。







「鴉」






 そしたら天ちゃんが鴉を呼んでこそこそしてて、こそこそふたりで居なくなった。







 僕の話、かな。






 足に触れるきーちゃんの尻尾が、ふさっふさって、くすぐったかった。

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