鴉 59

「その人だよ」

「………?」

「ぴかるんのお父さん」

「………え」






 天狗に言われて、まじまじと見た。






 これが。



 この男が光の。






 光の?






「………え、『これ』が?」

「………鴉」

「………?」

「………まあ、それはオレも思ったけど‼︎思ったけどね⁉︎言っちゃう?それしれっと言っちゃう?」

「………」






 って、言われてもだ。






 だよな?って。



 思うよな?って。






 毎日光見てて、この男を見たら。光の父親って目で見たら。






 画面の男は、ウソだろそれって普通に思うぐらい、ものすごく『普通』の男だった。






 普通。



 普通すぎる。



 本当に光の父親?これが?



 光が、『あんな』なのに?






 光は、整った顔をしている。と、思う。



 俺の基準は昔のテレビと天狗と俺だけど、それでもそう思う。



 光は目をひく顔をしてる。






 あの顔でおねだりされると何でもしたくなる。それを知ってか知らずか、時々される『鴉、今日はお弁当作って』に俺は正直弱い。弱すぎる。とすって何かが刺さる。



 いや、基本自分でやらせてるけど。作ってやるのは時々だけど。



 おやつと一緒に弁当を渡してやると、『ありがとうっ』って笑って、帰って来てから『ごちそうさま、今日もおいしかった』って笑うから、だからもう作らないぞって決めてもついうっかり作っちまうぐらい。






「鴉?」

「………」






 だからだ。



 だからつまり。






「ぴかるんはお母さん似なんじゃない?」

「………」






 なるほど。






 とりあえずはそれで納得して、俺は横からにゅって手を出してスマホの画面を触った天狗に、ニュースの記事を見せられた。






 光行方不明の、ニュースを。











「ぴかるんが言ってたことは、ちょっと信じてない部分があったけど、本当なんだよ」

「………」






 詳しく書かれた記事を読んだら、天狗が言った。






 何て言っていいのか分からない、重い気分。






 母親の自死。



 父親の家出的不在。



 複数の上級生による性的暴行。



 教師による見て見なかったフリ。






 俺は、知らない。



 本当の親とか、家族とか、学生生活を。



 俺が知ってるのは、天狗とこの山だけ。



 だから、何が正解でどうしたらいいのかなんか、俺には分からないし、何かしてやろうにも俺には何もできることがない。






 けど。






「天狗」

「んー?」

「………光をずっとここに置いてやることは」






 帰れないだろ、そんなところ。



 帰る必要ないだろ、そんな。






 光からは悲しいにおいがする。



 そのにおいで何かあったんだろうとは思ってたけど、光からざっくり聞いたけど、本当にざっくりだった。読んで思うよ。思ったよ。あんまりだろ。



 そりゃ死にたくもなるだろ。悲しいだろ。






 それでも笑う。笑ってる。何かしようって色々。






 いいだろ、それで。



 このままずっとここで。



 ここなら俺が居る、天狗が居る、カラスが居る、ひとつ目もネコマタも気狐も。






 ここに居たら、光は。



 ここに居れば、光は。






「………うん。でも鴉。ぴかるんはそれでいいと思ってないよね」

「………」






 じゃあ何で。



 何で俺に見せた。読ませた。それを。






「………どうしたらいいんだろうね」

「………」






 天狗にも分からないことがあるのか。



 分からないからか。見せたのは。






 思わず出たため息は、天狗と同時だった。

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