鴉 58

 廊下の雑巾掛けは、光がやりたいって言い出したらしい。






 何でわざわざ雑巾掛け?って、不思議に思って光を見た。



 え、何?って変な顔をする光と、鴉、言葉にしないと分からないよって笑う天狗。






「鴉、言葉にしなくてもある程度のことが伝わるのは相手が『オレ』だから。ちゃんと言葉にしないとぴかるんには分からないよ?」






 あ。



 そうか。






 朝ご飯。



 天狗が作ってくれたのを食べながら、じーって光の顔を見てたら天狗が教えてくれた。






 小さい頃はよく言われた。言われてた。



 鴉はもっと言葉にしないと。






 言われなくなったのは、俺がここから出て行く気がないと、行かないと決めてそれを天狗に言ったから。



 つまり、しゃべりのスキルは低くていいから。






 だから。



 えっと。






 光が何?って隣から俺を見上げてる。






「雑巾掛けって、何で?」






 聞いた。






 聞いたのに。






『ぶっ』て、天狗が吹き出して笑った。ちょっと鴉〜って。






 何だ。



 何で笑う。



 オレはちゃんと。






 光はさっきとは別な感じの、ちょっと変な顔になってた。






「まあ、そこが鴉のかわいいとこだけど〜」

「………?」

「『何で雑巾掛けをしようって思ったの?』でしょ?」

「………」






 そう。だからそう聞いてる。






 なのに天狗はかかわいいって笑ってて、光は天狗の言葉を聞いてああって顔になった。






「廊下見てたら、小さいときにやった雑巾掛けレースを思い出したんだ」

「………?」






 雑巾掛けレースって何だ?






 って、それは。






 言葉にならなかった。






 光から、悲しいにおいがした。











「鴉」






 光が朝ご飯後の片付けをやってくれてて、じゃあ俺はトイレか風呂の掃除でもするかなって思ってたら、天狗に呼ばれた。



 ちょいちょいって、手招き。






 いつもなら朝ご飯後は割とすぐに寝るのに。






「ちょっと部屋来て」

「………?」






 何故か小声。



 何故かこそこそ。






 いや、どんなにこそこそしたところで、光よりデカイのがふたりじゃ、こそこそしようにもこそこそにならないだろ。






 光の方をこそっと見れば、こそこそ効果はやっぱりなくて、こっちを見て首を傾げてた。






 光にこそこそで、天狗の部屋。



 ってことは、光の話か。






 不思議そうな光を台所に残して、天狗の部屋に行った。






 天狗の部屋は和室。



 しかも、いつから使ってるのか謎の古い家具の。



 箪笥に文机、そしてハンガーラックではなく衣桁。



 純和風。なのに衣桁にハンガーでかかってる何着かの服はどう見てもチャラチャラ系。ミスマッチすぎて冗談にしか見えない。






 昔はこんなじゃなかったと思うんだけど。服。髪も。アクセサリーなんかひとつもつけてなくて、もっと普通。






「鴉。これを」






 箪笥の上に置いてあったスマホ。



 仕事で使うやつ。






 鴉にも買ってあげるよって言われて速攻断った。



 何で〜?オレとメールしよ〜?何かあったとき便利だよ〜?ってごねられたけど、要らない。必要ない。






 何かあったら、呼べばいい。






 見せられた画面には、知らない男がうつってた。

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