鴉 52

 座ろうかって、天狗は光を台所に呼んだ。




 光って呼び方と声で、大事な話って瞬時に理解した光は、うんっておとなしく天狗に従った。



 気狐も光についていく。






 俺は。






 天狗と光の大事だってもう分かってる話に、俺が居たらまずいだろ。






 俺はじゃあ、特にやることもないけど部屋にでも行ってようって思ったら、鴉、コーヒーいれてーって、いつもの天狗の声。






 いいの?って、天狗を見る。



 天狗はいつもの顔でニって笑っただけだった。






 天狗と光の話だけど、光を拾ったのは俺。………って、カラスもだけど。






 拾った小さいのの責任、か。



 俺にも聞けってことか。






 俺はいつも通り3人分のコーヒーをいれた。






 コーヒーをいれてる間、珍しく天狗が『スマホ』をいじってた。






『スマホ』。



 電話。






 持ってる者同士で話せるやつ。






 俺は持ってない。要る?って聞かれたけど断った。要らない。



 天狗以外俺には居ないのに、何でそんなのが必要なんだ。






 天狗は仕事で必要だから持ってるだけ。



 仕事してなきゃ持ってない。



 そして家に居る間は俺の視界に入ることもほぼない。



 俺に、知識として見せてくれたことがあるだけで。それ以外は。






 天狗や俺にとって、『スマホ』はその程度のもの。






 なのに。






 俺にとってそれは、何とも表現できない『奇妙な』光景だった。











 コーヒーをそれぞれの前に置いて、俺も座った。



 光のコーヒーは、いつもより牛乳を多めにいれた。





 いつもなら天狗のチャラチャラした話がノンストップなのに、今日はなしで。天狗はずっと『スマホ』をいじってた。






 だから光が緊張してた。



 気狐時々心配そうに小さく鳴いた。



 鳴く気狐を光が撫でた。






『スマホ』を置いて、コーヒーを一口飲む天狗。






 そして。






「光。お父さんが光を探してる」






 ざああああああっ…



 ゴロゴロゴロゴロ…






 部屋に外の音が大きく響いた。











 お父さん。





 聞いて。





 漠然と思ってた『光は帰らなくていいのか?』を、はっきり思った。






 帰らないと、ダメだろ。






 事情があるんだと思う。理由があるんだよ。ここに来た。






 聞いてない。聞かなかった。光が自分から話すまでは。そう思って。



 だってこんな小さいのが命を捨てに来たんだ。こんなにも悲しいにおいをさせて。



 相当だろ?事情が。理由は。



 捨てられた俺とは違う。






「毎日ニュースで光のことをやってる」






 ニュース?






 俺はテレビを観ない。



 あるけど観ない。



 観てた時期もあるけど、それは子どもの頃で、もう10年以上前が最後。






 ニュース。朝とか夕方にやってた。事件とか事故とか、そういうの。



 それで、光のことを?






 何で?って思ったけど、そうか。事件か。






 こんな小さいのが居なくなった。家に帰って来ない。事件だ。



 俺も今光が帰って来なくなったら。






 光が、帰って来なくなったら。光が、居なくなったら。






 え。






 光。






 帰らないとダメだろって。



 思ってた。漠然と。俺と違って光は捨てられたわけじゃない。帰る家がある。ここじゃない場所がある。



 帰って学校に行って働いて。






 う、わ。






 何。



 何だこれ。いきなり。帰らないとって思ってたのに。






 俺。



 俺には。






 光がここに居ないことが、もう全然。






 想像さえ、できない。

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