光 52

「座ろうか」




 天ちゃんが台所に足を向けながら言うのが、すごいイヤでイヤって言いたいのに、『光』って呼び方と声にイヤなんて言えるはずもなく、僕はうんって頷いて天ちゃんについてった。




 天ちゃんについてく僕に、きーちゃんがついてくる。来てくれてる。



 そして僕がいつも座る席のすぐ横に、ちょこんって座ってくれた。






 きーちゃんも感じてるのかも。天ちゃんの声から何か。






「鴉〜、コーヒーいれて〜」






 すぐにすぐ何か話が始まるのかと思ったら、そうじゃなかった。



 だからちょっとほっとした。






 心の準備が、まだ。






 って、何を言われるのか分かんないけど、イヤな感じに心臓が痛いぐらいどきどきするから。






 準備、しないと。心の。






 鴉がコーヒーをいれてくれてる間、きーちゃんが、僕の足にすりすりしててくれた。











 きゅうって。



 すりすりして、小さく鳴くきーちゃんを撫でた。






 目の前に置かれたコーヒー。



 いつも鴉が僕用にしてくれる、コーヒーっていうかカフェオレ。



 いつもより色が薄いのは、牛乳を多めに入れてくれたから?






 鴉は僕を見て、その時々で味を変えてくれてる。



 寝不足で頭がちょっと重いとか、いっちゃんたちと遠くまで行きすぎてちょっと疲れたとか、そういうのを見て。



 それがその時その時の僕にぴったりでびっくりする。






 多分これも。



 今の僕にぴったりなんだ。






 居心地がいいここ。



 だから、居たくて、居たいけど、ごめんなさいとも。






 思うよ。思ってる。いつまでも居ちゃいけない。



 いつまでも迷惑をかけてちゃ。ダメだよ。分かってる。けど。






 天ちゃんが、ゆっくりとした動作で鴉がいれたコーヒーを飲んだ。






 そして僕は。



 僕の聞きたくなかった言葉を天ちゃんから聞いた。






「光。お父さんが光を探してるよ」






 ゴロゴロゴロゴロ…






 雷のタイミングが良すぎて、は?って思ったのが余計に、は?だった。






 何。






 天ちゃんは今、何て言ったの?






 オトウサンガ ヒカルヲ サガシテルヨ






 それは確かに日本語なのに、何故か日本語に聞こえなかった。意味が分からなかった。






 オトウサン?



 サガシテル?






 音としては認識できるのに、言葉として意味をなさない。何?






「毎日ニュースで光のことをやってる」






 ざああああああって。



 すごい雨の音が、部屋に響いてた。

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