鴉 50

『きこ』は『気狐』というもののけらしい。




 ひとつ目に足を治してもらった気狐は、ケガに気づいてひとつ目に頼んでくれた光が気に入ったらしく、光から全然離れようとしなかった。





 まあ、恩人と言えば恩人だから?






 一緒にうち来る?って天狗に言われて、気狐はきゅうって返事をした。



 で、帰るぞってなったらなったで、光がまた足をケガしてるのが判明。






 だろうな💢裸足だもんな💢



 俺が靴を貸してやったのにも関わらず、だ💢






『鴉の靴が大きすぎて脱げちゃったの‼︎』






 って言ってたけど。実際そうなんだろうけど。






 見せてみろって光を座らせて、靴なしで走って穴があいた靴下を脱がせた。






 痛いって暴れる光。光に何するって感じで抗議してくるカラスと気狐。心配そうに光にくっつくひとつ目。おとなしく待ってるネコマタ。大爆笑の天狗。






 靴を探してネコマタ以外で家に帰って光の足を『また』洗って、ひとつ目に治してもらって………。






 どたばたが落ち着いたところで、天狗が教えてくれた。






 気狐。



 キツネのもののけ。



 稲荷神社の神の使い。






 え。キツネなの?






 っていう顔を、どうやら俺はしたらしくて、キツネだよ。美人だよって天狗は言った。






 ………キツネに美人とかあるのか?え、『美人』ってことはメスなの?






「鴉はぴかるんが来てから表情が面白くなったねぇ」

「………」






 笑う天狗。






 面白くって何だ。






 じろって見たら、それそれって余計に笑われた。






 俺は別に今までと変わってない。色々忙しくなっただけだ。



 光が来てご飯とか洗濯とか増えて、それから。



 思考と感情が。






 忙しいんだよ。色々。






 話題の気狐と光は今、風呂。カラスも。



 ひとつ目は迎えに来たネコマタとどこかに行った。






 そう、気狐は汚かった。






 原型のキツネをとどめていないぐらい汚くて、それを気の毒に思ったのか、洗ってあげていい?って光が天狗と俺に聞いてきて、いいよ〜って天狗に言われて、お風呂行こうきこちゃんって。


 それにカラスがヤキモチを焼いて、じゃあカラスもおいでってカラスも連れてった。




 で、さっきから光のぎゃーぎゃー騒ぐ声が台所まで聞こえてきてる。



 じっとしてきこちゃん‼︎とか、カラスここで飛ばないで‼︎とか、ええ⁉︎とか。




 ………うるさい。これだから小さいのは。






 コーヒーをひと口飲んで、思わず出たため息。






 天狗に疲れてるねぇって、笑われた。





「そうだ。後でぴかるんに鏡見るように言わないと」

「………鏡?」

「うん。気狐騒動で1本抜けた」





 1本抜けた。






 それは。



 矢だ。光に刺さってた。矢が。




「こうしたい。こうする。こうした。それが『生きる』。そんなのしたら抜けるよ。抜けた。1本だけだけど」




 良かったねって、天狗は目を伏せて笑った。





 こうしたい。こうする。こうした。



 それが『生きる』。それが。『生きる』ってこと。






 ひとつ目を探したい。気狐を探したい。探すって決めて、探した。



 思うままに。ケガをしてまで。






「ええ⁉︎きこちゃん⁉︎きこちゃんの尻尾って何本あるの⁉︎」






 風呂から聞こえてくる平和な声。楽しそうにいーち、にーいって数える声。






 この山に、死にに来た光が。






 コーヒーをひと口飲んで、もう一回俺は、大きく息を吐いた。

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