光 48

 きこちゃんだ。




 分からないのに分かった。そう思った。






 石の上に立ったから見えた、動く何か。一直線。ひとつ目ちゃんと猫又ちゃんの方に。



 あの、石みたいに見える黒い塊が多分猫又ちゃん。そこに向かう、何か動くもの。






 僕は石の上から飛び降りて、走った。






 飛び降りて走り始めた瞬間、靴が片方脱げた。



 それでも走った。



 すぐにもう片方も脱げた。



 それでも走った。






 鴉の靴デカすぎ‼︎






 それでも走った。






 足が痛かった。え、僕また帰ったら鴉に足洗われるの?






 それでも僕は、走った。



 ひとつ目ちゃんを狙う、きこちゃんに向かって。






 走るのはそんなに遅くない。なかった。短距離も長距離も。



 平均より少し早め。



 でも今は相手が悪い。相手は四足動物で、僕は脱げたけどぶかぶかの靴を履いてて、脱げたから足が、足の裏が痛い。






 それでも、自分が思う全力で、走った。






「ひとつ目ちゃん‼︎きこちゃんがいる‼︎気をつけて‼︎」






 聞こえたか。






「ひとつ目ちゃん‼︎」






 きこちゃんがって、走りながらのせいか、急に大きい声を出したからか、僕はむせた。






 普通に暮らしててこんな大きい声なんて。ないよ。出したこと。



 普通に暮らしてて、ないよ。こんなにも必死になったことって。






 初めて、だった。











 にゃあああああっ‼︎











 猫又ちゃんの声。






 分かってたけど、間に合わなかった。






 離れるんじゃなかった。ひとつ目ちゃんの邪魔になるかな、なんて。



 もっと近くに居れば良かった。






 どうして僕はいつも。いつも。






「ひとつ目ちゃん‼︎猫又ちゃん‼︎きこちゃん‼︎」






 僕は、キレイな花の中を大きな猫又ちゃん目指して走って走って。





「………っ」






 威嚇。






 しあってた。大きい猫又ちゃんと、猫又ちゃんに比べたらすごい小さいきこちゃんが。



 間に合った。一触即発ではあるけど。






 ひとつ目ちゃんは猫又ちゃんの前足のとこに居た。



 間に合った。良かった。






 ぜーぜーはーはーしながら、きこちゃんを見た。






 そしたら、ひょこって。



 足。






 僕のことを警戒するみたいに、少し身体を移動させたその後ろ足。






 おかしい?






 きこちゃんは、天ちゃん曰く『こんなことをする子じゃない』。



 なのにまた、こんなことをしてる。



 狙われてるひとつ目ちゃんは不思議な力があって。






 あ。






 きこちゃんが、力を蓄えるみたいに少し体重移動をして、ダッて。






 にゃあああああっ






「きこちゃんダメっ‼︎」






 猫又ちゃんもきこちゃんも、普通の動物じゃなくてもののけっていうもの。



 それがどんなものか、どんな力があるものなのか僕には分かんない。



 普通に考えたら、大きい猫又ちゃんに小さいきこちゃんが敵うわけない。べしってされたら終わりな気がする。






 気づいたら、僕はダッシュしてきこちゃんに飛びついてた。



 そのまま転がる。きこちゃんと一緒に。



 だから僕は、そのまま暴れるきこちゃんをぎゅってつかまえた。離さなかった。






「猫又ちゃんもダメっ」






 理由があるんだよ。



 普段こんなことをしない子が、こんなことをする理由。






 足。



 多分だけど。この子。きこちゃん。






「どしたの?ぴかるん」






 確認したいのにじたばたするきこちゃんを離さないでいるだけで精一杯のとこに、居るはずのない天ちゃんの声。しかも僕の今の緊迫気味な感じ台無しのお間抜けな。






 え。何で。






「天ちゃん⁉︎僕天ちゃん呼んでないよ⁉︎何でいるの⁉︎」

「いやぁ、カラスに呼ばれて………って、何か修羅場?修羅場ババ?」






 何でいるの?呼んでない。すっかり忘れてた。何かあったら呼べって。



 そういえばカラスが鳴いてた気がする。






 うわ、やばい。呼んでないし僕。しかも靴。鴉の。






 頭ぐるぐる。



 きこちゃんじたばた。






 とりあえず鴉に怒られるだろう僕のことは置いといて。






「ねぇ、きこちゃん。足、ケガしてるでしょ」






 ちゃんと見たわけじゃないけど、多分そうって。



 僕は意外とあったかいきこちゃんを、よしよしって撫でた。

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