光 46

 母さん。




 鴉が作ってくれたお弁当なのに、高1の僕が食べるにはちょっと小さいお弁当箱の蓋を開けて、僕は母さんって思った。





 小さめのおにぎりがふたつ。



 たまご焼きにウィンナー、ミニトマト。






 その、ウィンナーが。






『光、今日のお弁当楽しみにしててね』






 母さんの笑った顔と、優しい声、そしてウィンナー。



 タコの形の、赤い。






 何で。






 鴉。何でわざわざこの形にしたの?



 これってちょっと手間がかかるんでしょ?なのに。






 じわって、涙が浮かんだ。






「僕は小さくないんだよ‼︎鴉のばか‼︎」






 僕はお弁当箱を脚の上に乗せて、いただきますって手を合わせた。






 手を合わせながら、天ちゃんに言われた言葉を思い出す。だってルールだから。ルールって言われたから。天ちゃんの家の。






 食べ物は命であるということ。肉、魚、野菜、たまご、お米。米はその一粒まで。



 その命を頂いてるんだってこと。僕は今からそれを『頂く』んだってこと。



 手を合わせて、頂く命と、僕の元に届くまでに携わった人と、その人たちが使ってくれた時間に。






 時間に、感謝を。






 時間とは命だから。






 手を合わせて目を閉じて思い出してて、僕はそこで目を開けた。






 命。






 そよって風が、僕を通り過ぎた。






 色とりどりの花が風に揺れて、甘いにおいも揺れた気がした。






 青空と、山の緑と、花。






 何もかもが、嘘みたいだった。






 母さんが死んだことも、父さんが帰って来なくなったのも、先輩たちに襲われたことも、全部。






 あれが全部本当にあったことで、僕に起こったことで、この山をおりたら僕は。






 命。






 今までそんなの、ちゃんと考えたことなんかなかった。死ぬことは僕とは無関係なところにあった。



 死ぬつもりでここに来たのに、なのに僕はちゃんとは考えていなかった。






『時間はね、光。時間とは命だから』






 無関係じゃないじゃん。



 言われて考えてやっと気づく。気づいた。ちょっと分かったかも、天ちゃん。






 こうしてる間にも、僕は死に近づいている。そういうこと?



 1秒、1分、1時間、1日。



 時間は止まらない。進んでいく。エスカレーターみたいにどんどん。



 エスカレーターのその先は、2階や3階だけど、時間のエスカレーターの行き先は。






 鴉に、ありがとうって思った。



 僕が小さいから、小さい僕のためにわざわざウィンナーをタコにしてくれたんだ。喜ぶと思って。僕が。



 母さんも。






 母さん。






 母さんは、エスカレーターを壊した。自分で止めたんだ。






 普通に乗ってたら、まだ止まらなかったはずなのに。何で。






 そよってまた風が吹いて、花が揺れた。






 キレイ。



 空も山も花も、キレイだよ。母さん。






 僕。






 ねぇ、母さん。僕。



 僕はここで、母さんのお弁当が食べたい。



 母さんと一緒に、食べたい。






 何で。






 なのに何で僕はひとりなの。誰も居ないの。父さんさえ。



 聞きたい。何で死んじゃったの。何で言ってくれなかったの。何で。






 いただきますってもう一回言って、僕は一緒に入ってたフォークでタコのウィンナーを刺した。






 涙がぼろって、落ちた。

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