鴉 46

 春になるのが楽しみだった。




 光の靴を脇に挟んで、山菜をとった。





 春が来るのが、楽しみだった。



 命が芽吹く春が。






 どれが食べられるもので、どれがダメなやつかは全部天狗に教えてもらった。



 多いときは2日に1回ぐらいとりに行った。一緒に。






 ここには、娯楽っていう娯楽がないから。






 お、これも食える。



 こんなとこにこんなの生えてんだ。






 ずっとこの山に住んでても、こんな風に毎年、毎日、山は発見でしかない。






 だから、娯楽がなくても全然。






 俺は、天狗とこの山に居られれば良かった。ずっと。






 ………例え親に捨てられた命でも。






 あれもこれもって、光に食べさせたくてとってたら持ちきれなくなった。



 一瞬悩んでとりあえず下に置いて服を脱いだ。



 脱いだ服を風呂敷がわりにした。






 長袖を脱いで、半袖のTシャツで山を歩くのは危険。つまりこれ以上うろうろするのは危険。






 これぐらいあれば光と俺ふたり分の夕飯に、天ぷらにちょうどいいだろう。



 天狗はまた今度ってことで、俺は来た道を引き返した。






 光は今頃俺が作った弁当を食べてるだろうか。



 梅干しをいっぱい入れたおにぎりと、たまごやき。そして。






 俺はそうやって天狗に育てられた。



 だから、俺が拾った小さい光に、同じことをするんだよ。






『僕は小さくない‼︎』






 またそうやって、光は怒るか?怒るか。






 悲しいにおいをさせてる小さい光。



 いつまで居るのかわからない光。



 俺が初めて接した、もののけじゃない、人間。光。






 ………何か光のことばっか考えてるわ、俺。






 思わずバリバリと、頭を掻いた。











「おかえりー」

「ただいま」






 後で洗おうと、光の血まみれ靴を玄関に置いて、とった山菜を持って台所に行ったら、何故か天狗がおにぎりを作っていた。



 鴉が作ってるの見たら食べたくなってさーって。






 食べる分の梅干しを入れてある小さい壷も出てた。






 まさかひとつのおにぎりに梅干し3つ入れてねぇよな?






 俺の疑いの眼差しを、どう取ったのか。






「梅干しとツナマヨとたらこ」

「………」






 中身を教えてくれて、それはそれで。梅干し3つより、何つーか。






 俺が好きなのばっかじゃん。






「ついつい鴉のことばっか考えちゃうんだよねぇ」

「………」






 俺。






 俺は。






 天狗山に捨てられた、捨て子。親に要らないと言われた命。






 でも俺は、自分をそんな風に思ったことはない。光と違って、悲しいにおいなんか絶対してない。



 それは、天狗が俺を、目一杯可愛がって育ててくれたから。






 俺は、赤ん坊だった。



 光は小さいけど、赤ん坊ではない。






 そう考えると、俺にできることは、ないのかもしれない。何も。



 どんなにあの悲しいにおいを、少しでも消せたら、と、思っても。






 でも、面倒を見る。






 それが、拾った俺の責任。






「手洗っといでよー、鴉」






 はらへりはらへりって、歌いながら味噌汁をおわんに注ぐ天狗に、今日も俺は。






 思わない日はない。






 今日も俺は、天狗、ありがとうって思うんだ。

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