鴉 43
光って呼ばれて、気持ち光の背がピンとした。
何を言うんだろう。
同じところに立ってても身長差で結構違う天狗と光の視線の位置が、玄関の上と下でもっと違う。
見下す天狗。
見上げる光。
「光に『うち』のルールを教える」
「ルール?」
「そう。ルール。『うち』に居るのなら光にも守ってもらう」
「………」
うち、に。
いいんだろうか。
光は高校生だと言った。
普通に今まで通っていたなら、来ない光を心配するだろう。
そもそも生まれたときに捨てられた俺と違って、光には親が。一緒に暮らし育ててくれてる親が居るだろう。
今日で何日目だ?
『何か』があってここに来たんだろうけど。
光は帰らなくていいのか?
俺たちは光を帰さなくていいのか?
考えてる間に、天狗がまずはって。
「まずはそのお弁当。それを食べるときに、しっかり手を合わせること。オレたちが居なくても、ひとりでも、ご飯を食べるときにはしっかり手を合わせて、『いただきます』と言うこと」
「………うん」
「今までも光はちゃんと言ってたかもしれない。でも、『いただきます』は、ただ言えばいいだけの言葉じゃない」
「………え?」
ずっと。
俺が小さい頃から、天狗の言葉の意味がよく分からない頃から言われてきたことを、天狗は光に言った。
ルール。
それが、うちの。
ただ礼儀的に言う、やる、のではない。
その奥には『意味』がある。その『意味』を知り、『本来の意味』通りにやるということ。
天狗は、それを、光に教えたいのかもしれない。
自分の命を捨てに来た、悲しいにおいのする光に。
『命』を。『生きる』ということを。
それは、光が戻って、ちゃんと『生きる』ため。
このままではきっと、戻っても光は、刺さってる矢によっていずれ死んでしまうから。
「食べ物は命であるということ。これは絶対に忘れてはいけない。肉、魚、野菜、たまご、米。米はその一粒まで」
「………」
「オレたちは毎日、命を頂いてるんだよ。だから食べるときに『いただきます』って言うんだ」
光は、天狗を見ていた。
少し驚いたように、少し目を開いた。でもじっと。
じっと、じっと、天狗の目を見て、じっと、じっと、その言葉を聞いていた。
「しっかりと手を合わせて、頂く命と、光の元に届くまでに携わった人と、その人たちが使ってくれた時間に感謝するんだ」
「………時間?」
「時間はね、光。時間とは命だから」
「時間は、命」
天狗の言葉を繰り返した光が、その言葉の意味を理解しているとは思わなかった。
ずっと聞いてた俺も、ずっと分からなかった。
それを今日初めて聞くんだから、きっと分からない。
「だから心を込めて、『いただきます』って言うこと」
あとは自分で考えろ、ということなんだと思う。
天狗はそこで話を終わらせて、いいね?って言った。
「うん」
光はそこで、ずっと見上げてた顔を下ろして、頷いた。
「作ってくれてありがとう、鴉」
ぼふ。
光。
小さいくせにお前は。
小さいからか?
人がぼふってなるのを、よく知ってるな。
「本当はついて行きたいぐらい心配なんだよね〜?鴉。でもそうするとウザがられるかな〜ってことでお弁当なんだよね〜?鴉」
「え?」
「……は?」
何を。
こいつ
このバカこの天狗は今の今まで真面目に話してたのに何を‼︎
そんなことあるわけないだろ‼︎ほら早く行かないとひとつ目とネコマタが待ってるぞ‼︎
土間下のサンダルを出して、俺は光より先に玄関を出た。
背中に天狗の笑い声が聞こえた。
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