鴉 38
「気狐」
ひゅうって、5月なのに冷たい風が一瞬肌を撫でたのと同時。
天狗の、チャラ度ゼロの冷たい声が謎のもののけに渡った。
ひとつ目を庇うようにして『それ』に背を向ける光。
その前に出た俺。
天狗は俺らの後ろ。
呼んだだけ。『それ』を。
ううううううって、まだ唸ってはいるけど、『それ』は飛びかかろうとしてた体勢ではなくなった。
唸りながら、一歩、後退。
天狗に逆らったらダメだって認識があるんだろう。
天狗は、もののけの中のトップではないらしい。
でも、この山の主だから、この山では天狗がトップっていう、もののけ界の序列みたいなのがあるらしい。
「お前はこんなことをする子じゃないはずだよ?」
天狗の、天狗山の主たる声が、『それ』にまた、渡る。
『それ』はまた、一歩下がった。唸りながら。
そして『それ』は、唸りながらふっと。
………消えた。
「大丈夫か?」
何だったんだ?アイツ。
「ひとつ目ちゃん大丈夫?」
「………」
俺は光とひとつ目に、光はひとつ目にそれぞれ聞いて、ひとつ目がこくんって頷いた。
良かったあああああって、膝立ちになってた光が座り込んだ。
「みんな〜、ご協力ありがと〜。助かったよ〜」
天狗は天狗で俺たちを囲うように居るすごい数のカラスたちに言って、カラスたちもそれぞれにカアアアアアッって返事をしてばさばさと飛んでった。
残ったのは1羽。
この天狗山カラス一派のボス。
カアアアアアッ………
ばさばさばさっ………
少し離れたところからの低空飛行で、光の頭にとまった。
わわって光はびっくりしながらも、痛いよカラスって言いながらも、その顔には笑みが戻ってた。
………小さいのが居ると本当びっくりするような色んなことが起こるんだな。
はあって俺は思わず、息を吐いた。
そして。
「ひとつ目、光の足治せるか?」
「………あし?」
「ちょっ………鴉‼︎」
家に帰るのは天狗に任せれば一瞬だけど、その足じゃ立つのも大変に決まってる。っていうか立てないだろ。
ひとつ目にけがを治す力があるなら、頼めばいい。力があるんだ。やって貰えばいいって。
俺は普通にそう思うのに。
光は何でか。
「いいよ‼︎大丈夫だよ‼︎ひとつ目ちゃん気にしないで‼︎何でもないからね‼︎」
「………」
「………」
あれ、の、それ、の。
何が大丈夫で何でもないなのか。
痛くて泣いてたのは誰だ。
意味が分からない。
光。俺には意味が。
ひとつ目にけがを治す力があるなら、頼めばいい。力があるんだ。やって貰えばいいんだよ。
ああ。そうか。
こうやって来たのか。光は。ずっと。
頼んだり、頼ったりしないで。
我慢して耐えてひとりで。
じっとひとつ目が光を見てて、光は大丈夫だよって言ってる。
「ひとつ目に治してもらうか、1日中俺に抱っこもしくはおんぶ、それが1週間以上。どっちがいいんだ?」
「だから大丈夫だって言ってるじゃん‼︎歩けるし‼︎」
ひとつ目に、心配をかけないようにか。
責任を感じさせないようにか。
って、両方か。
「大丈夫なの?じゃあ帰るからぴかるんおいで」
「………うっ………うん」
ここまで黙って聞いてた天狗の、それは手の差し伸べ。
治して貰えばいい。
頼めばいい。頼ればいい。それを伝えるための。教えるための。
返事をしたのに光は、立てないでいた。
ばかだな、本当。お前は。光は。ばかで本当み、本気で面倒。
小さいくせに。
小さいのは小さいらしく、甘えればいいんだ。
「ひとつ目、両足」
「………」
「わわっ‼︎鴉っ‼︎ひとつ目ちゃんっ‼︎」
慌てる光を無視して、俺はひとつ目に頼んで光を抱えた。
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