少年は天狗山で死んだ

光 37

　すぐそこ、ちょっと手を伸ばしたら届くとこにひとつ目ちゃんが居た。

　何の動物だか分かんない汚いのに、着物を咥えられて。

　僕は鴉におろしてって、暴れた。

　暴れておりて、足がものすごい痛かったけど、ひとつ目ちゃんって。

　そこしか見えてなかった。どうでも良かった。

　僕のケガを、全部治してくれたひとつだけちゃん。

　僕を心配して、側に居てくれたひとつ目ちゃん。

　いたいねって撫で撫でしてくれたひとつ目ちゃん。

　カアアアアアッ………

　カラスの鳴き声が、上の方でした。

「ひとつ目ちゃんっ」

　僕はその動物に向かって突進して、ううううって唸ってるその動物からひとつ目ちゃんを奪った。奪い返した。

「ひとつ目ちゃん、大丈夫⁉︎」

「ひかる」

　あれ？って、意外だった。

　もっと逃げられたりするのかもって。さっきみたいに消えたりして、スカって空振りしても仕方ないかもって。

　けど、あっさりひとつ目ちゃんを奪い返すことができて、あれ？って僕は、ちょっとびっくりした。

　小さい、お人形さんみたいなひとつ目ちゃんが、大きい、ひとつだけの目でじっと僕を見てた。

　ケガとかはしてなさそうで安心。

　上ではカラスがうるさいぐらいの声で鳴いてて、後ろからは。

　後ろ。

　………もしかしたら僕って今、ヤバいのかな？

　背中。後ろ。から。

　うううううってすごい唸り声。

　そりゃそうだよね？

　何が目的かは分かんないけど、何か目的があって連れてったひとつ目ちゃんを僕にあっさり奪われたんだから。

　天ちゃんに聞きたい。

　この、『これ』に。

　動物タイプのもののけに噛みつかれたら、ケガしたり死んじゃったりするのかな。

　圧、が。すごいかも。後ろからの圧。

　そう勝手に思うだけ？

　うううううう。うううううううって声がすごい。

　ヤバい？って思うのは、声だけじゃなくてカラスが。

　カラスが、天ちゃんの家に集まってた以上に僕たちの周りに集まってて、すごいから。

　おびただしいって、こういうのじゃないってぐらい。

　これ、僕どうしたらいいんだろうって思った、そのときだった。

　圧がすごいそこに、天ちゃんの、すごくいつも通りの天ちゃんの声。

「あれぇ？汚れてて分かんなかったけど、キミってもしかして気狐ちゃん？」

　きこちゃん？

　きこって何だろ。名前………じゃ、ないよね。

　もののけには名前をつける習慣がないのかも。天狗に鴉にひとつ目ちゃん、だもん。

　鴉は人間らしいけど。

　ちろって、天ちゃんを見たら、背中に届く唸り声が、もっと低い声になったのが分かった。

　もしかして、今ので余計に怒った？

　ひとつ目ちゃんは、無事。

　どこもケガとかなさそう。

　そして今ここには、天ちゃんが居て鴉もカラスもカラスの仲間たちもいっぱい居て、だから大丈夫。

　………だよね？

　その、『それ』が動く気配を、ぶわって感じた。

　僕はひとつ目ちゃんを抱えて小さくなった。

「光‼︎」

　鴉が呼ぶ。僕に手を伸ばしてる。

　鴉。

　いいよ。

　いいんだ。

　これで噛みつかれてもし死んじゃっても、僕は、ひとつ目ちゃんをきっと守れる。

　何もできないまま死ぬんじゃない。

　なら。

　痛いのは、ちょっとイヤだけど。

　ぎゅって僕は、目を閉じた。