鴉 37
カアアアアアッ………
カラスの鋭い鳴き声が山に響いた。
「あ」
「………っ」
そして、天狗がただ『あ』っていうだけの。
文字通りあっという間?
『あ』って言う間。
抱えてた俺の腕からばたばたって抜け出して。光が。
「ひとつ目ちゃんっ」
唸ってる、威嚇してる『それ』が何かも分からないのに、もしかしたら悪いもののけとか、凶暴なもののけとかかもしれないのに、光はものすごい勢いで、奪うみたいにひとつ目を『それ』から『取り返した』。
え、まじか。
俺はこの時、目が点ってやつを初めて経験したと思う。
勢いがありすぎて、無理矢理すぎて、ひとつ目の着物がビリって破れた。
っていうか。
光、お前、足が痛いんじゃないの?
っていうかだよ。危ないだろ。『それ』が何かも分からないのに。
まさか光がそんなことするなんて思わなくて、止めるどころか俺は声を発することもできなかった。
小さいのの行動って、予測が難しいんだな。
びっくりしすぎて腕がまだ光を抱えた形のままだった。
「ひとつ目ちゃん、大丈夫⁉︎」
「ひかる」
ひとつ目を両脇からぷらんって持って、ケガがないか見てる光。
されるがままぷらんってなってるひとつ目。
光の後ろで、小汚い毛を逆立てる『それ』。
ううううううって。
鼻に寄るシワ。
尖った牙、歯が見えてる。
姿勢が低い。前足に体重がかかった体勢。
おい、ひとつ目を拐った何か分かんないやつに背中向けるとかばかかお前。
飛びかかられるって。
カラスが鳴いてる。
カラスが集まって来てる。
静かな山にばさばさって音が無数に聞こえてる。光から目がそらせないけど、まわりが黒くなってきてる気がする。カラスたちで。
カラスがどんどん集まって来て。
光、動くなよ?動けば終わる。光が噛みつかれる。そんな。
そんな、なのに。緊迫の中だよ。
え、違うのか?緊迫じゃないのか?
「あれぇ?汚れてて分かんなかったけど、キミってもしかして気狐ちゃん?」
ガクってなるぐらい呑気な天狗の声が、その緊迫を破った。
いや、もののけだから、天狗に任せとけばいいって俺は思ってたよ。
天狗だってそのつもりだっただろうし。
………けど、もう少し。もう少し、なあ。
ううううううって。
一段声が低くなった。
ほらみろ、火に油的な?
殺気立ってる。
やっとそれに気づいたのか、光がひとつ目をぷらんって持ったまま振り向いた。
灰色の、何か分からない四足動物のもののけを。
『きこ』って天狗は言ったけど、『きこ』って何だ?
大きさは中ぐらいの犬程度か。もう少し小さめ。
そいつが。
そいつがだよ‼︎
威嚇の目を光と合わせて前から後ろに体重移動をさせて、そして光に。
「光‼︎」
とっさに光に、俺は手を伸ばした。
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