少年は天狗山で死んだ

光 36

「大丈夫か？」

　鴉がすぐにそう言いながら来てくれた。

　そして視界にうつった。鴉の大きい手が。

　でも僕は。

「大丈夫じゃないよ‼︎」

　べしって、鴉の手を叩いた。

　八つ当たり。

　完全な八つ当たりだよ。それも分かってる。

　だからごめんなさいって思う。思うけど。

　何で？

　何で、どうして僕はこんなにも。

「何で僕には何もできないの⁉︎母さんに気づくことも‼︎父さんに、先生に誰かに助けてって言うことも‼︎ひとつ目ちゃんを探すことも‼︎何で僕にはできないんだよ‼︎」

「………」

　悲しかった。悔しかった。腹が立った。

　何もできない自分が。何もできてないで失う。イヤな目に遭う。見つけられない。そんな自分が。

　僕はグーの手で地面を叩いた。

　痛い。

　叩いた手が痛い。足も痛い。心なんてぽっきりだよ。折れた。元々折れかかってたようなものだけど、何とか踏ん張って立とうとしてた心が。もうぽっきり。

　涙が出た。

　泣いたってしょうがないよ。何もできないんだよ。そんなの分かってるよ。色々色々、もう分かってるってば‼︎

　堪えようとしても堪えられなくて、ううって声も出た。泣いた。

　そしたら鴉が。

「お前はすごい」

　って。

　え。

　何。

「お前はすごい。頑張った」

　何言ってんの、この人。鴉。

　慰めてるつもりなの？泣いてる僕を見てかわいそうって？

　むっかぁって、めちゃくちゃ腹が立って僕は腹が立つのまんまに鴉に向かって叫んだ。

「頑張ったって何もできてないんだから、何もしてないのと一緒だよ‼︎」

　叫びながら、こんなこと言ってって。

　どこかで思った。

　まだ出会って数日の、お世話になってる人に向かって八つ当たりの上にこんなの。

　言い返されるって、思った。きっと怒る。怒られる。今だって僕についてきてくれてるのに。かけてくれたのは、慰めの言葉なのに。

「違う」

「………」

「それは絶対に、違う」

　僕の予想は外れて、鴉は怒らなかった。

　びっくりして、ぐしゃぐしゃの顔で鴉を見た。

　鴉はいつもと同じ顔をしてた。

　怒って………なかった。

　何で。

　絶対ムカつくじゃん。僕。

　八つ当たりして大きい声で叫んで。

　なのに鴉はいつもと同じ顔で、僕が握りしめてたタオルを貸せって取った。

　そのまま乱暴に、痛いぐらいに顔を拭かれた。

　放心。呆然。

　何で？

　何で怒らないの？

　びっくりしてすっかり涙は止まった。

　僕はそのままひょいって、何もなかったみたいに普通に鴉にお姫さま抱っこされた。

「天狗」

　鴉が呼ぶ。

　天狗？天ちゃん？

　どこかに居るの？って思ってたら、急にひゅうううって風が吹いてきた。

　不自然な風。木の間から。

　ひゅううううって吹いてきて。その次に。

「はいはい〜、ひとつ目ちゃんとこ行きますよ〜」

「うわっ⁉︎天ちゃん⁉︎」

　天ちゃん、が。

　え？今どこから来たの？どこかに居たの？僕の死角とか？

　え？え？ってなってる間に、風がまたひゅううううって不自然に吹いて景色が変わった。………と、思う。

　一瞬、飛ぶ。

　意識。前後が合わなくて、混乱。一瞬。

　ただそれは一瞬で。

　っていうか飛んだままだけど、目の前。

　すぐすぐ目の前、すぐそこに。

「ひとつ目ちゃん‼︎」

　着物の首のところを何か動物に咥えられたひとつ目ちゃんが。

　すぐすぐそこに、居た。