鴉 9

「鴉、上な〜」

「………」





 玄関で靴を履いてたら、台所。奥の方から天狗のいつも通りの声が聞こえてきた。






 上。






 ってことは、光は山をおりずにのぼったってこと。






 そうだろうとは思ってたけど。



 家に帰るなんて嘘だと思ってたけど。






 上ったってどこだよ。






 何で天狗にそんなことが分かるかなんてことは考えない。



 理由はひとつ。天狗だからだ。







 玄関を出て、山の上へと視線をやる。






 天狗だから知ってるはずだけど、あえて言うけど、ここは山の中腹………一歩手前ぐらい。



 人は住んでいなくて、俺たちだけ。昔あった集落の形跡がちらちら残ってるし多少の道もある。






 けどな。






 おそらく死にに来たであろう光が道を行くのか?






 本気なら選ばない。



 俺が死ぬつもりで山に入って思いがけず人に会って助けてもらって、もしかしたら心配して追いかけてくるかもって思ったら、そんな疑いを持ったら、分かりやすい、追いかけやすい道なんか行かない。






 天狗が探した方が見つかるだろ。






 探す気がないのか?助ける気ゼロ?



 でも上って。ってことは助ける気あり?



 ありで俺?






 ………俺は天狗と違って何の力もない普通の人間なんだけど。






 クァッ………






 カラスが俺の右肩の上で小さく鳴いた。



 早く行けとでも言うように。






 せめて日が暮れ始めて、カラスたちがこの山の寝床に帰って来てたら一緒に探してくれって頼めたのに。



 今、山のカラスたちは街におりて行ってて居ない。






「お前向こうルートを行け。俺はこっちを行く。見つけたら呼びに来い」






 俺の言葉をきちんと理解して、カラスはばさばさって勢い良く俺の肩から飛んだ。






 カアアアアアッ………






 鋭く一声鳴いて旋回。そして山の東側に向かって行った。






 ………俺も飛びたい。






 地道に歩いて探すしかないのは分かってるけど、山の上の方を見て、ボヤかずにはいられなかった。

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