鴉 8
光は無言で………っていうか、基本この家でしゃべるのは天狗で、俺はいつも聞いて相槌をうつ程度で、光が居る今日も天狗が色々ペラペラノンストップでしゃべっていた。
天狗は時々ぴかるん聞いてる?って光に話しかけて、光が困ったように不満そうに天狗を見て、それしかできないみたいにまた無言で食べた。
それを繰り返して、光は皿に盛った全部を食べた。
「ぴかるん、食べたらお風呂どうぞ〜?」
「………は?」
食後のほうじ茶をいつものようにずずーって飲んで、湯呑みを置きながら天狗が言った。
俺はコーヒーを飲んでて、カラスは光が座ってる椅子の背もたれにとまって、おとなしくしてる。
「お風呂。入った方がいいよ〜ぴかるん。昨夜入ってないよね?」
「………もう、行くから」
光はちゃんと手を合わせてごちそうさまでしたって言って、ありがとうございましたって言って、立ち上がった。
逃げるみたいに。何かから。天狗から。俺らから。この家から。
急に椅子が動いて、カラスがびっくりして飛ぶ。飛んで、テーブルの上におりた。
光を見上げるカラス。
カラスを見下ろす光。
さよならって、光がカラスを撫でた。
そして行こうとした。そこに。
「『家に』帰るの?」
天狗はズルいと、よく思った。
いつもは、昔は今ほどじゃなかったけど、いつもはわりとふざけた感じの話し方をしてる。軽い。
なのに、さっきのいただきますのときもそうだったように、急に。
ひゅって、変わる。変える。
その声は重く、鋭く。
家に帰るの?
たったそれだけの言葉が、多分だけど光に向かって真っ直ぐ飛んで、とすって刺さった。
「………そう、だよ」
一瞬の間と、途切れた声。
一発で分かる。それはウソ。
そもそも聞かなくたって分かる。この山はそんなに険しい山ではないけど、何も持たずに軽装で入って大丈夫な山でもない。
そんな山に、日が暮れ始めたあの時間に倒れるほど体力を消耗した状態で居るということは。
「『ここ』でウソはダメだよ、ぴかるん」
「ウソじゃない。きっと『お父さんが心配してる』から、帰ります」
台所の入り口。廊下への出口。
光は俺たちに背中を向けたまま、淡々と言った。
何の感情も、そこには乗ってなかった。
「お風呂入ってから帰ったらいいじゃない?着替えは鴉が小さい頃のがオレが捨てられなくて少し残ってるよ〜?それを着ればいいんだし」
おいそれ、何年前の服だよ。
いや、それより捨てろよ、そんなもの。何でとっとく必要があるんだよ。気持ち悪いだろ。
「ちょっと鴉〜、そういう目でオレを見ないでくれる〜?」
「………」
「パンツはさすがにないって。ないよ?パンツまでは。でも他のは心配しなくてもあるから、お風呂入ってさっぱりしてこよ?そうしよ?それから帰ればいいじゃん、まだ朝だし〜。オレは今から寝るけど、鴉に麓まで案内してもらえば迷うことも」
「いいです‼︎」
向けたまま。俺と天狗に、背中を。
光は両手を握りしめてた。
そして。
そして。
「お世話になりました‼︎」
光は断ち切るみたいに言ってから、どどどどってダッシュして、玄関じゃない方に走ったからそのまま戻ってきて、今度は逆に向かってどどどどってダッシュして行った。
カラスは飛ばない。追いかけない。
天狗は黙ってる。
………どうしろっつーんだ。俺にどうしろって。だいたい俺、人間に会うのが初めてだって言ってるだろ?
どう接していいのか、分からないんだって。知らない。扱い方なんか。
「………」
「………」
「………」
沈黙と視線が痛い気がする。
はあ。
大きく息を吐いてごちそうさまでしたって手を合わせて、俺は光を探すべく、立ち上がった。
ばさばさって、カラスが俺の肩に乗った。
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