鴉 7

「パン?ご飯?」

「………だから僕は………」

「パンな」

「………」






 天狗はご飯。洋な顔して朝は絶対。



 なら和食作れば?って思うけど、和食のときももちろんあるど、時代に合わせないとダーメダーメって洋食の方が比率的に少し多い。






 この家のどこに誰に合わせなきゃいけない時代なんてものがあるんだ。






 俺に天狗の思考について行くことはできない。






 でもそうか。



 時代っていうのがあるんなら、光はパンか。






 聞いたって無駄だろうなって思いつつ聞いたらやっぱり無駄で、だから勝手に決めた。






 光は小さいからパン。






 思考回路が天狗だな。






 でもそれは、天狗に育てられたんだから仕方ない。






 勝手に決めた俺に不満そうな顔をしながら、光は黙った。






 拾ったけど、どうしたらいいんだ。こいつ。






 天狗が買ってくるどこぞの食パンを切りながら、気づかれないようため息を吐いた。











「手を合わせて」






 食べるとき、天狗は言う。



 これはずっと。俺の記憶にある限り。






 そこにいつもの天狗の空気はない。声のトーンも違う。






「光、手を合わせて」

「え?………あ」






 ぴかるんじゃなくて、光。



 ふざけた口調じゃなくて低く。






 光はびっくりしたみたいに天狗を見て、俺とカラスを見て、あわてておとなしく手を合わせた。






『鴉、オレたちは命を頂いてるんだよ。だから食べるときに「いただきます」って言うんだ。手を合わせて、頂く命と、こうしてここに並ぶまでに携わった人とその人たちが使ってくれた時間に感謝するんだ』

『時間?』

『時間は命だ』






 繰り返し繰り返し、天狗は言った。教えてくれた。



 子どもの頃には分からなかったけど。もう聞き飽きたぐらい思ってたけど、今ならその意味が分かる。






 カラスもテーブルの上に、自分用に用意された小さくちぎった食パンが乗るお皿の前でじっとしてる。






 光が手を合わせるのを見て天狗は目を閉じた。



 俺も。






「いただきます」

「いただきます」

「………い、いただきます………」






 俺にとってこれは普通のことだけど、戸惑ってる光を見るとこういうのって普通じゃないのか?それとも光の家が?






 いつものように時間をかけて俺は今から頂く命たちに感謝をした。






 肉や魚は文字通り命。



 たまごだってそう。植物にも命はある。



 そして何より人。こうして並ぶまでの人の手。時間。すべてが命でできている。



 これを買ってきてくれたのは天狗で、買うためのお金は天狗が天狗の時間という命を使って働いてくれるからあるもので、だから命。



 それを俺は『いただく』。






 たくさんのありがとうを繰り返して目を開けたら、まだ目を閉じて手を合わせてる天狗と、それを不思議そうに見てる光が居た。






 光を、何故か不憫だなって思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る