光 5

 背の高い金ピカのお兄さんが、にっこり笑って片手をひらひらしながらずんずん僕の方に来た。






 こわい。






 昨日の今日で、男の人が。






 僕は男だから、昨日、あんなことがあるまでずっと自分が男からの性的対象になるなんて考えてもいなかった。



 あったのは、世の中にはそういうカップルがいるっていう薄い認識ぐらい。自分がなんて、これっぽっちも。






 でも。






 180センチ以上かも。



 お兄さんが来る。こっちに。



 だから僕は思わず後ずさった。






 こわい。



 こわいって、今は。






「だっ………誰⁉︎ぴっかりんって何⁉︎」






 こわすぎて、声が思わず大きくなる。






 背が高いと手も大きいの?






 挨拶みたいにひらひらしてた、金の指輪がはまる大きな手が、がしって僕の手首をつかんだ。






 昨日のアレが、記憶が、よみがえる。



 つかまれて、つかまえられて、ずるずる引っ張られて、連れて行かれて。






 思い出したくない。忘れたい。消したい。なのに。






「誰ってオレのこと?オレは天狗だよ〜。この家とこの山の主。でもってぴっかりんはキミだよ、キミっ。ぴっかりんがいい?ぴかりんがいい?ほら名前光でしょ?あ、ひかるだからぴっかるんかぴかるんだ、ごめんごめん。間違えた。で、ぴかるんどっちがいい?」

「え⁉︎や………山の⁉︎あのっ………かっ………勝手に山入っちゃってごめんなさい‼︎でも呼び方はどれもイヤですから‼︎っていうかもう行きますからっ‼お、︎お世話になりました‼︎」






 ぎゅって手首をつかまれてもうそれに耐えられなくて、僕は離してって振り払おうとした。






「えー?どれもイヤなの?じゃあどうしようかなあ」

「ちょっ………」

「あ、鴉〜、ぴっかるんとぴかるん、はたまたぴっかりんかぴかりん、どっちがいい?」

「ちょっと離して‼︎僕もう行くから‼︎」






 言ってるのに。






「そうそう、朝ご飯ぴかるんの分も作ったから、おいでおいで〜」

「はっ………離して‼︎」






 言ってるのに。






「こっちこっち〜」

「ちょっと天狗さん‼︎」

「うわ、天狗さんとかやめてよ、ぴかるん。天ちゃんでいいって、天ちゃんで」






 離してくれない。引っ張られる。連れて行かれる。どこに⁉︎






「鴉もおいで〜。今日は鴉の大好きなオムレツ〜。オレのオムレツはうんまいぞ〜?」






 廊下。



 引きずられるそこに昨日の人が居た。立ってた。黒い人。黒づくめの人。無表情に。






 鴉って確か。






「だから僕もう行くって‼︎」






 僕が暴れてるのに、鴉って人はじっと僕たちを見てるだけで助けてくれなかった。






 そうだよね。助けるはずないよね。



 一緒に居るってことは仲間なんだもん。






 ほんの少し手がゆるんだ気がして、僕は天狗の手を思いっきり振り払った。



 あちこち痛い上にこわくて足がカクカクしてる。






 それでも踏ん張って天狗に背を向けてとにかく逃げようとした。



 なのに。






 なのに、ぼふって。







 僕は、黒づくめの鴉って人にぶつかってガシってつかまえられた。






 何、で。






 昨日と同じ。



 これ、昨日もやられた。






 振り払って逃げようとしたら別の先輩につかまって。






 また、今日もって言う?ありえないよね?そんなの。



 あんなことまたされるぐらいなら、もういっそ殺してよ。殺してからにしてよ。






 って、思ってたら。



 どん底まで気分を落としてたら。






 頭に、手。



 大きくて、あったかい。鴉って人の。






 この人も背が高くてちょっとムカついた。



 僕だってもっと大きかったら。もっと男らしかったら。






 それからカァ…ってカラスの小さい鳴き声。



 ばさばさって音。






 黒づくめの鴉に、カラスがとまってつんつんって。くちばしで髪をつつかれる。






「ぴかるんモテモテ〜」






 僕。






 本当にこの人たちのちゃんと助けられたの?



 知らない人なのに?見ず知らずの僕を?



 心配してくれてるの?本当に?






 母さんは死んじゃった。



 父さんは帰って来なくなった。



 心配してくれてた中学の先生は卒業してから連絡をくれなくなった。



 そして入学した高校で僕はあんな目に遭って、もういいやって。






 大きな手とつんつんされる髪に。



 じわってちょっとだけ、涙が浮かんだ。

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