第3話 破綻

 美和からのアプローチで始まった交際だけど、あの公園の一件で、僕はすっかり夢中になった。そしてその当然の帰結として、美和と身体の関係を持ちたい、美和とセックスがしたいと思った。

 ところが、僕の思いとは裏腹に、二人の仲はなかなか前には進まなかった。

 大切な美和とのことだ。ラブホテルなんてもってのほかだ。二人で旅行に行きたいのだが、互いのスケジュールがなかなか合わない。


 美和はというと、出会いの時のあの積極性が嘘のように、現状に大いに満足しているようで、いつも本当に楽しそうだ。そんな彼女の笑顔を壊してしまうことが怖くて、僕はますます慎重になった。そして、僕の心に欲求不満が澱のように蓄積していった。

 

 二人が付き合い始めて一年近くが経過した夏の終わりに、ようやく僕たちは一泊二日の旅行をすることになった。

 まだ残暑の厳しい八月後半の週末に、僕は父に借りたクルマに美和を乗せ、伊豆に向かった。

 食事と観光を満喫して、午後四時を少し回ったころに修善寺の旅館にチェックインした。僕がインターネットで調べまくって決めた宿だ。八畳の和室に、ふすまで隔てられた寝室にダブルサイズのベッドが置かれている。眼下を流れるせせらぎの瀬音が聞こえる窓際の板張りのスペースにはテーブルセットが置かれ、センス良く和テイストでまとめられた部屋といったところだ。

 

 さっそく浴衣に着替えて温泉に入ることにした。宿の女将からは、貸し切りにできる露天風呂があるのでお二人でいかがですかと勧められたが、これには美和が「無理、無理」と顔を赤くして抵抗した。

 宿のお食事処で、伊豆の海の幸や、旬味あふれる山菜などを使った宿お勧めの御膳を堪能した。美和は終始上機嫌で、心からこの旅行を楽しんでいるようだった。


 いよいよベッドに入ると、美和は寝室の灯りをすべて消して、部屋を真っ暗にした。息を弾ませ始めた彼女の浴衣を剥ぎ取りながら、僕は指と唇で彼女の身体の顕わになった部分を丁寧に愛撫していった。だんだんと暗闇に慣れてきた僕の眼に、彼女の白い裸身がぼんやりと浮かんだ。

 恥ずかしさからなのだろうか、声を上げるのを我慢している様子の彼女の、それでも身体の準備が十分にできているのを確認し、彼女とつながろうとしたその時だった。


「ダメっ!」という言葉と共に、僕は強く胸を突き飛ばされた。それは僕と身体の関係を結ぶことに対する完全な拒絶だった。

 彼女の中に入る直前の僕の身体は熱く滾っていた。このまま押さえつけて無理にでも思いを遂げてしまえという命令が脳から発せられたが、残っていた理性がぎりぎりそれを押しとどめた。

 僕は全裸のまま手探りで浴室に駆け込むと、猛り狂っている下半身を右手で握り、自分で白濁したものを浴室にぶちまけた。下半身から湧き上がる快感がとても惨めだった。


 頭から冷たいシャワーをかぶって何とか冷静を保つと、僕は寝室に戻った。

 美和はベッドで肩を震わせて泣いているようだった。拒絶の理由を知りたくはあったが、今ここで彼女を問い詰める気にもなれなかった。

 僕は、浴衣を着るとベッドの反対側にもぐりこみ、彼女に背を向けてそのまま寝てしまった。


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