あたしと桜と楓
あたしの親友、
あまりに突然の事すぎて、言われた瞬間、頭から氷水をかけられたような感覚がした。
発見が遅れたから、もしかしたら助からないかもしれない、助かっても後遺症が残って、もう今までのように歩いたり話したり出来なくなるかもしれない。そうじゃなくても、心に深い傷を負って、また自殺しようとするかもしれない。首吊りなんかじゃなく、もっと確実な方法で。
そう母から聞かされて、あたしはショックで泣くこともできなかった。
桜が首を吊った原因は、分かりきっている。
今年の夏に、桜の――――そしてあたしの――――親友が、死んだからだ。
あたしは桜とは違って、彼女―――
桜と楓は本当に仲が良くて、大親友と言っても過言ではなかった。
そんな二人とあたしは「アニメ・マンガが好き」という共通点があったこともあって、よく話すようになった。
三人で過ごした中学校の三年間は本当に楽しかった。
あたしは二人とは別の高校に行ったけど、毎日のようにLINEでやりとりをしていて、話題は尽きることがなかった。
そんな中、桜が少し人間関係で困っていて、相談に乗ったことがある。
そのときはあんまり深く考えずに話していたけど、今にして思えばあの時すでに桜の心は軋み始めていたのかもしれない。
そして、夏。
何の前触れもなく、あたしたちの親友が死んだ。
死因は、刺殺による失血性ショック。
駅で――通り魔に刺されたそうだ。
彼女は、何も悪くなかった。
その時も本当にショックで、現実が受け入れられなくて。食事も喉を通らなくて。
明日、彼女からまたLINEが来るかもしれない。本気で、そう思っていた。
そんな考えが無くなったのは、それからしばらくして。
彼女の遺書が見つかったので、遺言どおりに遺品を引き取ってほしい、と連絡があったときだ。
そのとき、彼女が死んでから初めて、彼女の家に行った。
久しぶりに会った桜が、ずいぶん痩せていたのを覚えている。
『桜、なんか瘦せた?』
『うん……でも、アオちゃんも、じゃない?』
アオちゃん、というのはあたし―――
『なんか、食べられなくってね………』
『あぁ、うん。わたしも』
そんな会話をして、彼女の部屋に入れてもらった。
彼女の部屋は、前に来た時と何ら変わっていなかった。
読みかけなのか、床に散らばったマンガ。
彼女がいつも持ち歩いていた、小説を書く用の小さなパソコン。
時間が止まっているみたいで、でも一番必要な
しばらく、言葉が出なかった。
沈黙を破ったのは、桜だったように思う。
『見よっか。カエちゃんの、遺品』
それから、あたしたちは部屋の様々なところを見た。
もともと楓の遺言は、
『もし私が不慮の事故かなんかで死んだとき、私のマンガやラノベ、その他本、グッズ等は桜ちゃんと葵ちゃんに全てあげてください。スマホとチビパソコンも二人にあげるか、完全に水没させてもうどんな手を使ってもデータが読み取れないようにしてください』
というようなもので、重度のヲタクだった彼女が、自分の
在りし日の会話が蘇る。
『たまにさ、死にたくなる時ってあるじゃん?』
そう言ったのは、確か楓だった。
『え……楓、死にたいの?』
『ちっがうよ!!というか逆に葵ちゃんには無いわけ?』
『無い………わけじゃ無いけど』
『でしょ?』
それから窓を開け、どこか遠くを見ながら続けた。
『そういう時さー、思うんだよね。いま私死んだら、私のやばい趣味バレるんじゃね?って』
『『あー』』
あたしと桜が同時に返事をすると、楓は『思うでしょ?』と言って、笑った。
『もし私が死んじゃったら、私のマンガ全部、二人に引き取ってもらうね!』
冗談めかしてそんなことを話していたのが、もうだいぶ昔のことのように思えた。
その日はあっという間に時間が過ぎ、結局は楓のお母さんや桜とも話し合って、あたしが楓のスマホを、桜が小さなパソコンを引き取ることにした。
作家になることが夢だった楓は、その小さなパソコンでいつも物語を書いており、あたしや桜にも読ませてくれた。
楓が書いていたのは、中学生の女の子が異世界に行ってしまう話。
主人公は引っ込み思案で人付き合いが少し苦手。でも、異世界で得た仲間とともに困難に立ち向かっていく――――――――そんなストーリーだ。
こっそり聞いてみたら、主人公のモデルはやっぱり桜だった。
あたしも桜もその話が大好き。特に、桜は。
いつも楓が使っていたものが、あたしたちの手元にある――――そのことで、もう楓は、あたし達の親友はいないんだと、いやでも現実を思い知らされた。
小説を書く専用だったあの小さなパソコンとは違って、このスマホには楓の日記やショートストーリー、愚痴やメモ………様々なものが書かれていた。
今日、首を吊った桜が一命をとりとめたと連絡があった。
奇跡的に後遺症の心配もなく、話せるとも。
たぶん、あたしの言葉じゃ桜に届かない。
楓の言葉じゃないと、桜の心に響かない。
今、桜に、『生きたい』と思わせられるような言葉――――――
無数にあるファイルの隅。
見逃してしまいそうに小さな、でも大きな力を持った『それ』を見つけた瞬間、あたしは桜のいる病院に向かって駆け出していた。
お守りのように、楓のスマートフォンを握りしめて。
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