4:▲ ✪ ▼ ☗

 二十二時過ぎに帰宅して、お母さんからちょっと小言をもらったキミは、いかにも申し訳なさそうな顔を作って事情を説明する。


 この街にまだ慣れていない転校生の買い物を手伝っていた。それはある意味、事実ではあるんだけど、キミはいつものように平然とウソをつく。


 食卓に着くと、最近は仕事が忙しくて話す機会の減ったお父さんが、テレビを見ながらお酒を飲んでいる。隣りに来たキミの顔を横目でちらっと見た。


 特に何も言わないけど、そのおちょぼ口は、少し笑っているみたいだ。連絡せずに夜遊びなんかするようになった息子の成長が嬉しいんだろう。


 それを肴にするみたいに焼酎の水割りを舐めている。


 キミは黙々とお母さんが作ってくれた夕飯を食べて、お父さんが好きで見ているお笑い番組を眺める。


 スーツを着た二人組。

 痩せたほうが太ったほうの胸を手の甲で打って、太ったほうが女みたいなしなを作って笑いをとる。スタジオがどっと沸く。


 少しするとお風呂を上がったキミの妹も、パジャマ姿でリビングに来た。

 冷たいお茶を飲みながら、しらけたような目つきでテレビを見やる。


 近頃キミがボクを年下にしないのは、この思春期の妹のためだろうか。


 


 そう指摘したキミも、無言でうなずくお父さんも、完璧に無視して彼女はドアを乱暴に閉めて出ていく。

 台所でお皿を洗っているお母さんが聞えよがしなため息をつく。


 人間らしい欠点は色々とあるけど、ボクはキミの家族を嫌いじゃない。

 みんな不器用なりにキミの居場所を確保してくれる。

 でもキミは、そうやって用意された居場所を、押し付けられた役割みたいに感じてしまうんだよね。


 優しいお兄ちゃんとして、頼もしい息子として、その役割を果たすことが、キミにとってはもはやウソだ。キミもイデアと同じ。

 家族が受け入れてくれないだろう本当の姿を隠していることに、罪悪感がある。


 その晩、キミはボクに、念入りにいやらしいことをした。


 セックスを一度もしたことがなくても、セックス依存症にはなれる。

 要するに、相手のある性交渉に限らないんだよ。

 度を越してポルノを見たり、マスターベーションを過剰にし過ぎてしまって、生活を持ち崩してしまうこともセックス依存症に含まれる。

 セックス=性って言葉は本来それら全てを包含するものだから。


 だからキミは誰と体を重ねたこともないけれどセックス依存症気味で、申し訳ないけど、ボクはそのことがちょっぴり誇らしい。


 だって脳の電気信号でしかないボクと、現実に肉の体を持っているキミが、ちゃんと一つに結びついているみたいじゃない?


 溜まりに溜まった鬱憤をぜんぶ晴らすみたいに、キミはボクにいろんなひどいことをする。同じ顔をしているイデアに少し腹を立てていたのかな。


 それをひたすら続けていると、臨界点を超えたキミの輪郭が泡みたいに溶けていく瞬間があり、そのドロドロしたものの下から、キミとはまったく違う姿かたちの男があらわれる。


 ボクはキミの友達であるその男にひどいことをされるのが、いちばん気持ちいいからいちばん好きで、いちばん悲しくなるからいちばん嫌い。


 キミじゃないボクはキミとは違うかわいい声で、ありとあらゆる恥ずかしいことを言う。キミじゃないカレも同じくらい恥ずかしいことを平気でボクに言う。


 水の抜けたプールの底でボクとカレは好きなだけ交わる。


 ちょっとだけ笑って、急に泣きたいくらい切なくなって、めちゃくちゃにキスする。その時、キミはどこにもいないのに、キミの頭の中にはキミしかいない。


 どんなことでも許されているその感じが、ボクは好きだ。だけど宇宙で一番愛しているキミを要らないものとして扱わされているみたいで、とても悲しい。


 キミには決して成りえない、理想的な美少女のかたちであるボクを、キミは自分から切り離したくて仕方ないんだろうな。

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