第63話 季節限定アンサー(10)
【サンダーサボテンズ専用マイクロバス 車内】
車道を最短距離で行けば、アキュハヴァーラからダックリバーまでは三時間で到着する。
走行開始一時間で、サラサは海浜工業地帯を見下ろせるサービスエリアに駐車する。
「さあ、トイレ休憩。全員降りて、二十分後に合流。三十分後には出発するから、間に合わない場合は、罰ゲーム無限大」
サラサが言明するが、レリーとヴァルバラは留守番を主張する。
「エリアス、酒の肴、補充お願いね」
「酔いが酷くて胸がむかつくヴァルバラは、胃腸薬を所望します」
別々の意味で弱りきった二人が、エリアスに救援を求める。
【チーバー海浜サービスエリア】
エリアスの買い物に付き合いつつ、ユーシアは女性陣が秘書の方を頼るので、釈然としない。
「俺に頼めば、速いのに。敢えてエアリス指名。何故に?」
「ユーシアは、リップの相手だけで、お忙しいからですよ」
「トイレまで着いて行く訳でもないし…」
言ってから、ユーシアは自分が昨日に引き続き、メイド服姿(女装)のままだと気付いた。
その格好で男子トイレに入る寸前だったので、愕然とする。
「どうして止めてくれなかった?」
「そういうの平気な人かと」
ユーシアは自分の影に入って普段着(黄色と黒色のスズメバチのようなジャージに、真紅のパーカー)に着替えると、靴も赤い鼻緒の下駄に替える。
これで一作目の服装に戻った。
「メイド姿に慣れ過ぎて、ノーマル状態を忘れていた」
作者も忘れていた。
ユーシアがエリアスの買い物に付き合いつつ、今川焼き六個入り五箱とジャンボフランク、ご当地バーガーを買ってから、リップの行方を確認する。
側に大太刀を帯刀したイリヤが付いているので、0・2秒で発見できる。
リップは買い食い補充にリンゴ飴を選ぶと、噛み砕きながらバスに戻る途中だった。
並走してきたユーシアを見ると、買い込みの量を注視する。
「食べる量が、増えたよね」
「昨日は、連戦したし」
「変身したのは、一回だけでしょ」
「成長期だし」
リップはリンゴ飴を完食すると、手に残った棒を十二メートル離れたゴミ箱にノーバウンドで投入する。
「ユリアナ姉様が変身しなくなったのは、満腹中枢が壊れて、肥満した時期があるからだよ」
「あの外見だけは完璧な美人さんが?」
「外見だけは完璧な美人さんが、体重150kgを超えた時に、何を決意したのか想像してごらん」
「不敬罪になりそうだから、しない」
「自分の場合を想像しなさい。って、なんでメイド服を脱いだの?!」
「トイレに行ったから」
「戻して。スカートが捲れない」
「ズボンを下ろせばいいじゃなイカ」
リップからのセクハラは、全て受け止める。
それがユーシアのジャスティス。
「いや。捲るのが、いいの」
「分かった」
ユーシアは再度、自分の影に入って、メイド服姿に戻る。
戻った途端に、リップはメイド服のスカートを捲る。
「ほら、趣きが違う」
「左様だねえ」
「せめてバスに戻ってから、するであります」
黙って見ていたイリヤも、口を挟んだ。
【サンダーサボテンズ専用マイクロバス 車内】
バスに戻ると、ギレアンヌが完全に凹んでいる。
目線だけをユーシアに合わせて、異常を訴える。
「おれはな、女子トイレに入った。個室に入った。他にも利用客が大勢いたのに、こいつ、誰にも気付かれずに、密着したままだった」
ネメダは茶色の忍者頭巾を微妙に動かして、意外に思われた事に関して、心外を表す。
「仕事中に、一般市民に勘付かれる忍者が、いるとでも?」
「今すぐにせめてトイレだけでも一人でいられる条件は、何?!」
ギレアンヌは、最低限のプライバシーを求めて、ユーシアに袖の下を渡そうとする。
ユーシア「国家公認忍者への買収行為は、ダメだって」
ネメダ「国家公認忍者への収賄罪は、最大で死刑の適用も含まれる」
ギレアンヌは、渡そうとした歌舞伎揚を引っ込める。
ギレアンヌ「で、この国家公認ストーカーに見張られる期間を、短くするコツは?」
ネメダ「当方が納得すれば、そこで終わる」
ユーシア「何処に疑義を? 服装以外の怪しさが、わからない」
メイド服を着込んでいる美少年忍者が、他人様の衣料にケチを付けている事にはツッコミを入れずに、ネメダは要点を語る。
ネメダ「能力が高過ぎる。屋内であれば、国家公認忍者も倒せる域だ。そのような逸材が、バイトの掛け持ちで満足するのか? どのバイトが本命だ? 何処で満足する? 何者に成る?」
ギレアンヌが、ネメダの目を真っ向から睨み付ける。
キレかけているので、ユーシアが一大事にならないように、警戒はしておく。
ギレアンヌ「それは、こうやって密着しなくても、経過観察だけで済む事だろう?」
ネメダ「それで済ませるなと、当方の勘が働いた。勘が走った以上、見過ごせない」
ギレアンヌ「ユーシア。この件を、お庭番の仕事ではなく、ストーカー行為として『処置』をしたとしよう。どちらに加勢する?」
ユーシア「ネメダの職分に疑義は挟まないし、ギレアンヌの保身を邪魔もしない」
回りくどい、中立宣言だった。
ギレアンヌ「ナイス中立」
ギレアンヌの戦意に、ネメダは車内の客層を鑑みて、専守防衛で応じる。
ネメダの座る座席が、蜘蛛の巣状に変形して、捕えようとする。
ネメダは影すら捕まえさせずに、バスの車内という狭い空間で回避行動を決め、自分の影に潜ろうとする。
影の空間で物理干渉を無効化し、影の中から隙を窺う、上級忍者のチートスキルである。
対してギレアンヌは、長衣の袖から多関節棍状の魔杖『ヴェスパ』を伸ばして、影の中に突き立てる。
周辺の影の世界一帯に、魔杖『ヴェスパ』から魔法の蜘蛛糸が全方位に噴射される。
多次元間戦闘を普通に行うので、見守っているユーシアが愕然とする。
この友人が本気で敵に回った時の脅威を、正しく認知していなかった。
ギレアンヌが魔杖『ヴェスパ』を影から引くと、ネメダの忍者衣装が、蜘蛛糸に引かれて頭部から姿を見せる。
首から下に拘束魔法の白い蜘蛛糸が絡まって、身動きを封じている。
どう見ても、ギレアンヌの勝ち。
リップ「昨日は手加減してもらえて、良かったね」
ユーシア「今日のランチを奢りまするわ」
ユーシアが下手に出るレベルの、圧勝。
ギレアンヌは、勝ってから交渉を始める。
ギレアンヌ「観察は認めるが、密着だけは断固拒否する。今後密着するなら、拘束した状態で、大都会の交差点に晒す」
ネメダは、忍者衣装から脱皮するように、痩躯をくねらせて拘束から脱出する。
ギレアンヌが追撃をしなかったのは、ネメダが素顔を晒したからだ。
忍者衣装を抜け出たネメダ(パンツ一枚)は、ユーシアから着替えを貰って瞬時に体裁を整える。
茶色の背広を着ても痩身に見える極細の体をした男は、意外と整いのある顔立ちをしている。
というか、度を越した痩身でなければ、超絶美形のレベルだったろう。
ネメダ「素顔を見た後で、密着されたいと言い出しても、無駄だ。当方は、自然体での観察に移行する」
ネメダはギレアンヌの側から離れ、最後尾のヴァルバラの近くに席を移す。
目にハートマークが点ったエリカリエとトモトのミーハー視線が追ってくるので、ネメダは黒いマスクで口元を覆い、サングラスをかける。
その『美貌に釣られる女は、お断り』スタイルに、エリカリエとトモトは、見惚れるのを自省する。
「強敵に攻撃されながら一切反撃しないとは、見事な自制心です」
付近のヴァルバラが、酔い覚ましの昆布茶を飲みながら誉めると、ネメダはアッサリと応える。
「殺戮が目的ではない」
専用の忍者装束を一着失ったのに、ネメダは余裕を保っている。
靴に鳥の糞が掛かった程度の、動揺しか見せていない。
ネメダはギレアンヌを危険視するが、ヴァルバラはネメダの方に留意を決めた。
ギレアンヌは息を抜くと、拘束の為に変形させた車内の物体を元に戻しから、脱力して座り込む。
相手が『反撃をせずに様子を見る』事に徹しただけだとは分かっているので、調子に乗らない。
「勝利を祝おう。ランチは奢る」
ユーシアの軽口に、睨んで応える。
「ネメダの主武器は?」
という質問は、しない。
そんな質問を発すれば、ユーシアもギレアンヌを要注意人物として見るだろう。
「ディナーも奢れ」
「くっ、奢ってやらあ、肥満ルートを爆走しやがれ」
「おう、してやる」
ランチまで我慢できない程に消耗したので、ユーシアの今川焼きを一箱、強奪する。
「おら、寄越しやがれ」
「犯罪だ! 犯罪の現行犯だ! くっ、でも勝てないから、泣き寝入りする!」
ユーシアは全力で泣き寝入りする為に、リップの膝枕に頭を寄せる。
「え〜ん、現実に負けた〜。慰めて〜」
「やーい、無能。劇弱。腰抜け。チキン。ヘタレ。モブキャラ。低収入」
「介錯しないで〜」
「亡骸には蜂蜜をかけて、樹海で放置」
「俺は火葬オンリーだよ。炎のさだめ」
「惑星の温暖化を阻止する為だよ。笑って鳥葬」
「やだ、ゾンビになって、ウォーキングする」
「ゾンビ化したら、臭いから出禁」
「じゃあ転生してチート能力を身に付けて戻って来るから、十年待っていて」
「待てないから、子供を作ろう」
「そっちは五年待って」
楽しそうに戯れ合っているので、ギレアンヌは途中下車を検討し始める。
至近距離でラブコメ光線を浴び続けるなど、ゲッター線より体に悪い。
が、ランチとディナーを奢らせる為に、バカップルの所業に耐え忍ぶ選択をする、ギレアンヌだった。
サラサは車内の平常を確認すると、再出発を通告する。
「じゃあ、出るよ。乗り忘れは…ラフィーさんは?」
バスのドアから、二分遅刻でラフィーが入って来る。
「いえ〜い、罰ゲーム決定! カラオケ? 脱ぐ? それとも、ご奉仕メイド?」
罰ゲームをしたくて、自ら遅刻する、暇人ラフィーが帰って来たので、出発進行。
「罰ゲームは?」
車内で最も罰ゲームを科したくない御人からの罰ゲーム要請に、サラサは運転しながら適当に発言をする。
「サンダーサボテンズ三人目の奪還や募集に失敗したら、ラフィーさんが三人目という態で」
車内全員の顎が、カックンと外れる。
ラフィーさん以外は。
「分かったわ。この旅行の間、三十路の新人声優アイドルとして、爆誕する!」
ラフィーさんがノリノリで、エリカリエとトモトの間に挟まり、センターに居座ってポージングを決める。
エリカリエとトモトの指導で、持ち歌の練習とダンスの振り付けが始まってしまう。
様になっているので、サラサは本気にし始める。
「いいな」
リップが、運転中のサラサの後頭部に蹴りを入れようとして、イリヤとユーシアに羽交締めで止められる。
ユーシア「運転中! 運転中だから!」
イリヤ「ヴァルバラが回復したら、もうサラサには運転させませんので、それまでは我慢するであります」
リップ「ううううううううううううう」
ノリで始めた口から出まかせの罰ゲームで、ラフィーの新人声優アイドル路線が敷かれてしまった。
リップの完成系のようなビジュアルのラフィーがアイドル活動をしたら、ユーシアが何のような反応を示すのか予想しただけで、リップは妬心でブチ切れた。
リップ「ユーシアは、閲覧禁止だから!」
ユーシア「え、だって、それは不可能…」
同じバスで旅行中である。
リップ「あたしの許可なく、お母さんのアイドル活動を観たら、視聴覚を剥奪する」
ユーシア「本気で言わないで!?」
リップ「目隠しするから、動くな」
リップは使用中のシマパンを脱ぐと、ユーシアの目隠しに使用した。
リップ「ほら、これで見えなくても、平気でしょ?」
それから一時間。
車内ではラフィーさんがサンダーサボテンズとして『ロキ』や『ドラマツルギー』を歌い踊ったが、ユーシアは一切、動かなかった。
動く必要もなく、幸せの中に浸り続けた。
後部座席のネメダは、ユーシアへの失望を、隠そうともしなかった。
「もうだめだ」
口癖なのか何かの判断なのか不明なので、耳にしたヴァルバラも、これを強くは気にしなかった。
それでも、監視の本命は、実はユーシアではないかという懸念は過った。
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