第64話 季節限定アンサー(11)

【サンダーサボテンズ専用マイクロバス 車内】


 チーバーの海浜地帯から山道を越えて、反対側の東海岸沿いに入ると、サラサはダックリバーの隣町での休憩を選ぶ。

 大きな漁港側の魚市場に、一般観光客として駐車すると、サラサは背伸びと欠伸とストレッチで疲労を紛らわそうとする。

 まだ午前九時前だが、サラサは休憩時間を長めに取ると決めた。

「十時半まで時間を潰してから、出発する。サラサは、仮眠。起こした奴は、半裸の抱き枕カバーを販売される刑」

 ラフィーさんが目を輝かせたが、シマパンを履き直したリップからガン睨みされて、自粛する。

 ユーシアは、引き離されたシマパンを名残惜しそうに見送りつつ、忍者の常で周辺の情報を精査する。

「リップ。そこの浜辺は、まだ泳げないけど、散歩は出来る」

「歩くだけ?」

「浜辺は、歩くだけで充分」




【ヴィクトリー漁港側海水浴場(遊泳禁止期間中)】


 水着での立ち入りは禁じられ、梅雨間近の曇天。

 魚市場目当てで来た観光客の内、ごく少人数だけ、浅瀬で足を濡らしに近寄っている。

「ふっふっふっふ」

 リップは波打ち際の十メートル手前で靴下と靴をイリヤに預けると、裸足で波を体感しに歩みを進める。

 ユーシアも裸足になると、リップの周辺に気を遣いながら、波を感じに行く。

 波の寄せ返しを裸足で堪能しているリップの横から、ユーシアはリップの脚の様子をガン見する。

 ここ一ヶ月は武術の鍛錬をする機会が増えたので、再会時より逞しさを増している。

「ふう〜〜〜。波だけで、満足しちゃうね。しかも飽きない。呆れたコンテンツだね、海は」

 これだけで満足してくれて安堵するユーシアに、リップが爽やかに追い討ちをかける。

「夏の海水浴シーズンでも快適に波を味わおうと思ったら、プライベートビーチが必要だね。金をかけるべきか、今回の旅でコネを発掘するか」

 リップは、波水で濡れた足で、ユーシアの足の甲を撫でる。

「二人っきりで、夏の海辺を満喫する道筋を、今から練ってね、ユーシア」

「練りに練ってみせるので、水着は縞模様のビキニでお願いします」

「うるさい、あたしの水着に指図するな」

 リップがユーシアに重ねた足を、邪険に踏む。

「指図じゃないもん、魂の叫び!」

 踏まれても踏まれても、ユーシアは己の性癖を曲げなかった。

 ユーシアの魂を圧し折る為に、リップの攻撃は鯖折りに変化する。 

 周辺の散歩客は、

「まあ、若いカップルが、熱烈に抱き合って」

「婆さん、わしらも、激ってきましたのう」

「くっ、あんなガキどもに負けてたまるか!」

 と、誤解したが、間近で見ているイリヤとエリアスは誤解しなかった。

 本気で肋骨を絞め上げにきたリップに対し、ユーシアは胴体部分に武鎧『佐助』を巻いて抵抗している。

「お庭番の武鎧、再支給されていたのね」

「食費が嵩むから、お願いした。後でその分の仕事を任されると思う」

「気付いていないの? お庭番だった頃より、仕事が増えているよ」

「処理速度は上がっているから、捌けるよ」

 ユーシアは、武鎧を引き剥がそうとするリップに対し、お姫様抱っこで対抗する。

 そのまま浜辺を、波を踏み越えながら走ってみる。 

 リップは大喜びだったが、ユーシアは三分で疲れた。

「疲れた。食べに戻ろう」

「そこいら辺に、ワカメとか浮いていなイカ?」

「地元の海産物を試食しろと、海風が俺に命令している」

「あたしより海風を優先させた罪は、食後に贖って」

「喜んで」

 若い主人公カップルが波打ち際から離れると、海面下で出番を伺っていた半魚人が、背後からイリヤに声を掛けてくる。

「ねえねえ、そこのシマパンがブルーストライプな安産型の彼女〜。卵細胞に、俺のを…」

 イリヤは居合斬りで大太刀を一閃させると、半魚人の足元の海を、底が見える程に深く俊烈に斬り裂いて見せた。

 鯨が跳ねたかのような水柱が盛大に巻き上がり、周辺の人々が仰天する。

「出直すであります」

 キッパリと断りつつ、自らの巻き起こした水柱で全身濡れてしまったイリヤは、バスの中で笑われに戻る。

「出直しますぎょ」

 半魚人は、最敬礼をして、海に戻った。




【サンダーサボテンズ専用マイクロバス 車内】


 市場で海鮮丼を喰らい、リップを再びお姫様抱っこしてバスに戻ると、イリヤが私服を脱いで水着に着替えていた。

 縞模様の、ビキニ水着である。

 ユーシアは顔を緩ませるが、見惚れはせずに席に座って視界から外す。

 リップは殺意を抑えてユーシアの上に座り、京極夏彦の新刊本を読み出す。

 イリヤはリップに言い訳しようとしたが、炎上しそうなのでヴァルバラが口に酢昆布を投げ込んで防いだ。

 この連中のノリに慣れたエリカリエとトモトが、イリヤの艶姿を撮影しまくる。

エリカリエ「豊作、豊作」

トモト「谷間がミキミに匹敵するヤバさだね」

イリヤ「それを拡散したら、怒るでありますよ?」

エリカリエ「顔は隠します。信じて」

トモト「観るのが乳ソムリエじゃなきゃ、分からないって」

イリヤ「ミキミが離反するのは、乳絡みの問題でありますか?」

エリカリエ&トモト「「違うよ!!」」

 途轍もなくどうでもいい理由が発掘されそうで、イリヤは追及を控えた。


 サラサが人員を確認してから、発車を伝える。

「次は、ミキミと最後に連絡が取れた場所に行く。最悪の場合、武装漁船が衝突し、ヤンチャな漁師さん達とスクラム勝負し、シュワちゃんがロケットランチャーを発射する修羅場になるから、諦めよう。

 ジ・エンド・オブ・センチュリー」

「ミキミの説得に失敗したら、遊びながらメンバー候補を探す。それ以外の事態が起きたら、逃げる」

 ユーシアが、サラサのアドリブには付き合わないと言い返し、サラサは舌打ちしながらバスの運転を再開する。

「♪次は地獄〜 地獄〜 もちろん地獄〜」

 サラサがアホな歌を歌い出したので、エリアスがカラオケ設備を起動させ、ユーシアがマイクを握る。

「偶には、俺も歌います。主人公だし。

 歌は至高の名曲

『ソルジャー・イン・ザ・スペース』」

 平均的な歌唱力だったが、まあまあ盛り上がった。

 歌い慣れていないので、一曲だけで喉が疲れた。

「代わりなさい、素人」

 リップがユーシアと、本とマイクを交換する。

「エリアス、次の歌は

『Z・刻を越えて』」


 めっちゃ凄い歌唱力だったので、誰もリップの後で歌おうとしなかった。

トモト「トモトにこれだけの歌唱力があったら、ピンでデビュー出来るのに…」

エリカリエ「…くわ〜〜…」

 サンダーサボテンズは、その後、リップには敬語を使うようになる。



 これがサンダーサボテンズ専用マイクロバスの、最後の休憩になった。

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