第62話 季節限定アンサー(9)
【タワーマンション・ドレミ 車寄せ】
前日の午後遅くに通知してからの朝六時だというのに、集まりは良かった。
サラサの用意したサンダーサボテンズ専用マイクロバス(二十四人乗り)には、メイド服から私服のゴスロリ衣装に着替えたレリーが、車内でも日傘を差したままビールを飲んでいる。
「慰安旅行、最高〜〜〜!!」
ユーシアは、外見年齢十六歳の吸血鬼ハーフの実年齢を考えて、飲酒を制止したりはしなかった。
仕事と慰安旅行をワザと置換する行為にも、ツッコミは入れない。
だが、ヴァルバラを出発時間に酔い潰していたので、怒った。
「運転手を酔わせんじゃねえよ、スカポンタン!」
一升瓶を抱えて幸せそうに潰れているヴァルバラ・シンジュの介抱を諦め、レリーの頬を抓りながら非難する。
「だって、サラサが運転するから、飲ませて大丈夫だって」
ユーシアが運転席を見ると、サラサがバス運転手のコスプレをして、帽子を傾けて挨拶をする。
「サラサの運転で、慰安旅行の車内を楽しむといい。今日の運転テーマは、西部警察」
「今日の旅行は、中止しよう」
安全を考慮し、ユーシアは即断する。
その即断に、リップがユーシアに抱きついてクレームを入れる。
「あたし、西部警察、大好き」
「よし、みんなで死のう」
ユーシアが折れ、リップを『お姫様抱っこ』すると座席に座らせてシートベルトを締めさせてから、四方をエアバック装置で囲む。
「さあ、好きに西部警察しやがれ」
「ユーシア。あたしの運動神経なら、交通事故では死なない」
「そうかもしれないけど、心配だけで、俺が死ぬ」
空席のエアバックを強奪し、ユーシアはリップ周辺にエアバックを追加装備する。
「さあ、これでリップだけは助かる」
「このバス全体を守りなさいよ」
「守るよ。守るうえで、最終的な最優先防御ラインを決めただけ」
ユーシアはリップの車内防御を固め終えると、満足してリップの隣席に座って、ポテチの袋を開封して差し出す。
この過保護ラブコメを初めて見た『サンダーサボテンズ』のエリカリエとトモトは、早速写真を撮ってネットに流す。
エリカリエ「過保護でカワイイ(笑)」
トモト「いやあ、若いっていいねえ(笑)」
イリヤとラフィーは見慣れた光景に苦笑しながら、マイクロバスの最前列に座って、旅を仕切り始める。
「う、ヴァルバラが既に泥酔しているであります」
大太刀を邪魔にならないように座席の間に置きながら、イリヤは同僚の寝顔を一瞥する。
「落書きチャンスね」
ラフィーは化粧バックから口紅を出すと、嬉々とヴァルバラの額に『魚肉』と書き込む。
「みんな。彼女が起きて最初のパーキングエリアまでは、黙っているのよ?」
一同は、団結した。
親睦が深まる中、飛び入りの参加者が、マイクロバスのドアを抉じ開けて勝手に入る。
「スミマセ〜ん、入れてください」
ギレアンヌ・アッシマーは、寝不足そうな顔で、手荷物なしの参加を求める。
運転手のサラサは、発車五秒前に水を差されて、塩対応を選択する。
「若頭、侵入者をデストロイヤーして」
「発車していいよ。事情は道中で聞けばいいし」
ユーシアが甘い対応をしていると、秘書のエリアス・アークが空席の二つをギレアンヌに案内する。
「此方へ、どうぞ」
「ありがとう」
ギレアンヌが座ると、そのすぐ横に、全身茶色の忍者衣装を着た痩身の男が姿を表す。
「当方の事は気にせずに、アイオライトは仕事を続けよ。当方の目的は、この者だけだ」
「どうぞ〜」
ユーシアは、ネメダの姿を見ただけで、用件を把握した。
ギレアンヌが、助けてくれない友人に、恨みがましい眼を向ける。
「ちょっとバイトで戦闘に協力しただけだから、犯罪組織とは深い付き合いはしていないって、口利いてくれなイカ?」
「一週間ぐらい、密着して監視されるだけだよ」
「トイレや就寝中も監視されるのに、耐えられると思うのか?!」
足掻くギレアンヌに対し、茶色の痩身忍者は言い渡す。
「風呂場でも食事中でもデートの最中であろうとも、側にいる。離れぬ」
変わり種が出現したので、リップが我慢出来ずに席を立って、ポテチの袋を差し出す。
「リップと申します。お名は?」
「お嬢様、忍者に名を問うては、いけませぬぞ。極秘こそ、忍者の最高の武器」
「ユーシア、この方の、お名前は?」
「ネメダ」
ネメダは、同僚の裏切りへのストレスを抑えて、この車内での環境に適応しようと努める。
リップの差し出したポテチを、一礼して一枚受領しながら、ギレアンヌから一切眼を離さずに、食す。
国家公認忍者ネメダは、ゼロ距離寸前の密着監視の専門家である。
標的に徹底的に密着して監視し、その情報網を丸裸にする。
標的の性別は問わないので、事情を知らない者から見ると変態ストーカーに見えてしまうが、密着監視のみに徹するジェントルマンな忍者である。
ユーシアは、全然、気にしなかった。
気にせずに、寝不足のギレアンヌに追い打ちを掛ける。
「悪徳宗教団体に加担した禊ぎとしては、軽いだろ」
「重い重い重い重い」
「この人は、プロだ。ギレアンヌが着替え中でも入浴中でも、手出しはしない。安心だ」
ユーシアに褒められながら、ネメダは二枚目のポテチを美姫から受領する。
もう順応したようだ。
「片足で済ませてあげたのに」
「やっぱりギレアンヌだったか」
「ありがとうは、いい」
「壁に埋める事も出来たのに、片足を潰すだけで済ませてくれて、ありがとうギレアンヌ」
「言葉じゃなく、国家公認ストーカーを、外してくれ」
「何もしないよ、影と同じ存在だから」
仕事を遅らせるような件ではなかったので、ユーシアは、サラサにアイコンタクトで発車を促す。
「サラサ・サーティーン。サンダーサボテンズ再建の旅に、発車しま〜す」
サラサはアクセルを蒸すと、タワーマンション・ドレミの車寄せから急発車し、出口ゲートを開けずにバスをジャンプさせて飛び越えて行く。
席を立っていたので車内で浮かんだリップを、ユーシアが抱えて特等席に戻す。
他の面々が座席で大きくバウンドしてブーイングを上げる中、運転手は、しれっと通常運転でバスを流す。
無事に済まなかったポテチ袋が、酔い潰れて最後尾で寝ているヴァルバラ・シンジュの頭に乗っかる。
「…つまみ?」
寝惚けているヴァルバラは、袋ごとポテチを齧り始める。
窒息したら困るので、イリヤが取り上げようとしたら、噛まれた。
「ほら、危険だ」
したり顔をしようとするユーシアに、リップは欠伸で返した。
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