第3話 0.5cm程度でも靴が大きいとちょっとしんどい
「いいか。僕の妻グレイスは、この国お抱えの占い師だった」
「へえ。ってことは、統領に仕えてたわけですか」
「ああ。未来予知ができるとかでな。言ってしまえばその能力も口から出まかせだったわけだが、人工知能はそういう類のことが苦手なんだ」
人間のずるがしこさはこういうことのためにあるんだ、と開き直ってオーウェンは言う。ここまでインチキ商売を正当化している人間もなかなか見ない。
「だからクソ統領や電脳野郎どもは、グレイスの言うことを鵜吞みにして国中を動かしていた」
この人ほんとに口悪いな、と突っ込みたかったが、そんな空気でもないのでエヴィは黙っておく。
「そしたらある日グレイスが、隣の国との戦争に負けると言った。もう五年前のことになる。それを侮辱と受け取った統領は、グレイスを牢へ入れた」
「ほうほう」
「でもグレイスは前いた国で参謀をやってたくらい、
オーウェンは自分のこめかみを人差し指でとんとんと突く。
「ま~あ負けに負けた。あとでわかったが、グレイスがいろいろと後ろで手を引いてたらしい」
「……それがばれちゃったんです?」
オーウェンが怪訝そうな顔でいや、と言う。
「僕はその事実を隠すために、占い師をやってる。いずれ僕も国の中枢部に取り入って、グレイスを助けるつもりだ」
「え、生きていらっしゃるんです!?」
「誰も死んだなんて言ってないだろ」
確かにそうですけど、とエヴィは口を尖らせる。やたらと過去を匂わせたそっちも悪い、と視線で言うと、オーウェンは逃げるように目を伏せた。
「で、こんな文明が発展すると、むしろ占いなんて不確かなものは重宝されるらしい」
占い師なんて、エヴィにとってはフィクションの中でしか生きていない存在だ。
占い師が信用されている国があるなら、いつか魔法使いが支配している国もありそう、とエヴィは想像を巡らせた。
「人工知能は珍しいものが好きなんですねえ。わたしはいまでもあなたのこと怪しいと思ってますけど」
「心の中に留めろ」
オーウェンはそう言い放ち、そういうわけで、と続けた。
「僕はこの国で唯一の占い師だ。しかも占うのは人間じゃない。電脳野郎どもだ」
エヴィがえ、と声を上げた。
「占いって、相手が心を持たなくてもできるものなんです?」
オーウェンはエヴィの問いに、極めて冷静に答えた。
「……あんたならいいか。あいつらは発達しすぎているんだ。すでに僕たちと同等の感情を持っている」
エヴィにとっては、初めて聞く話だった。
きっとそんなことを言うのは、一部のオカルト学者くらいだろう。
アンドロイドには心がある、だから彼らを大切にしよう。そんなふうに街頭演説をする者たちは、今まで行ったどの国でも嫌な顔を向けられていた。
だが目の前の彼は、そういう類の人間には見えなかった。
きわめて真面目に、事実だけを語っている。そんな声色をしていた。そこに理想だとかは存在しない。
「五百年前くらいの技術なら、機械相手の占い師なんていらなかったのにな」
「そんなに前から心があったんです?」
「ここの電脳野郎から聞いた話だがな」
アンドロイドは人間の管理者さえいれば、人の何倍も長く維持が可能だそうだ。その管理者を切らさないために、人間に奉仕しているわけだ。実に合理的な存在だと思う。
「一国の歴史だけを六百年分くらい記録してるアンドロイドとかいますもんね」
「そんなのもいるのか。知らなかった」
「……えっ」
エヴィの言ったアンドロイド――その国ではスミスと呼ばれていた――は、世界的にも有名な存在だ。文学作品のテーマにもなっている。
エレメンタリースクールの学習カリキュラムにも組み込まれているような、有名な作品だ。
今までの話し方からするに、オーウェンは真面目で頭がいいタイプの人間だと思われる。そんな彼がエレメンタリースクールで得られる程度のことも知らないとは、到底思えない。
「もしかして、この国って情報統制されてます?」
「ああ。僕がいま語った情報は、すべて電脳野郎から聞きだしたり、グレイスから伝えられたりしたことだ。僕みたいにここで生まれたほかの国民は、機械に支配されるのが当たり前だと思っている」
エヴィは息を呑む。
エヴィの地元の町では、当たり前のようにアンドロイドが道を歩いていて、住人に笑顔であいさつを交わしていた。
アンドロイドはどんな家でも一体はいて、人の生活を支えていた。裕福だったエヴィの家には三体のアンドロイドがいたが、みな家族同然に思っていた。
本来、アンドロイドはそうあるべきものなのだ。
それなのに、この国では。
「心は、ないんですか」
オーウェンから感情があると聞かされたはずなのに、そう言われる前よりも彼らを冷淡に思うようになっていた。
本当は優しいアンドロイドが、この国では当たり前のように力を振りかざしてのさばって、人も優しいアンドロイドを知らない。
「そんな世界、許せません……」
彼らには本当は思いやりのある心があって、人間を愛する感情もある。そんなことも知らずにこの国の人は、生きて死んでいくのか。
オーウェンは彼にしては珍しく神妙な顔で、エヴィの嘆く顔を見ていた。
「ほんとはみんな、あんなに優しいのに……よしっ、この国での目標が出来ました」
エヴィは急に顔を明るくして、椅子から立ちあがった。
「わたし、この国の人間が自由に暮らせるようにします」
「……はあ?」
オーウェンがはじめて目を見開いた。
エヴィは小さなころ、母親から言われた。なるべく多くの人間を救いなさい、と。
「オーウェンさんが自由に生きられるのは、電脳様の占いをしているからなんでしたよね」
「あ……ああ、そうだが」
まだ勢いに気圧されているオーウェンが、驚いて相槌を打つ。
「なら大丈夫ですね。それではいまから、占い師見習いエヴィ、番号を貰いにグランドパレスに行ってきます!」
エヴィはそばに置いている木箱を背負い、出口のほうへ向かう。
「ま、待て待て待て! 今のあんたじゃ何やらかすかわからん!」
「おっ、ついてきてくれるんです?」
「……それ、は……」
オーウェンは苦虫を噛み潰したような顔で考え込んだ。困り顔のレパートリーだけは多い男だ。
「あんたを見習って正直に言おう。あんたは思ったことをすぐそのまま言うから、電脳野郎ども相手にとんでもない爆弾発言を繰り返して、それを教えた僕も巻き添えになって処刑されそうだ。だから断る」
「わたしそんなに言ってましたっ?」
「言っていた」
よく表裏のない性格だと言われるが、気づかないうちにそんなにズバズバ意見していたとは。
「うん、やはり占い師に向いてますね、行ってきます」
「待て待て待て待て! あんたは占い師をなんだと思っているんだ!?」
「口からでまかせ言って、ビシッと言ってやればいいんですよね?」
「全然違う!」
オーウェンは椅子から立ち上がり、机の間に掛かった黒いカーテンをくぐり抜けてエヴィの正面までやってくる。こうして見ると案外背が高い。
「グレイスも僕も、占いが予知能力やら透視やら、オカルト的なものだとは思っていない」
「今のところだいぶオカルト寄りですけど」
「……まあそう思われるのも仕方ないが」
オーウェンはこめかみを抑えて、目を伏せながら子供を諭すように言った。
「いいか、僕たちがやってるのは『引き合わせ』だ」
「引き合わせ……ですか」
「ああ。僕たちの占いはただの予測じゃない。僕たちは占いの対象になるもの全てに働きかけて、占った未来を実現させる。僕たちが予測してるのは、事実に基づき実現可能な範囲にある未来だ」
例えを出してみようか、と言って、オーウェンは水晶玉に手を翳した。
「あんたは北の国の……海沿いの出身だろう。処方する薬は錠剤三割、粉末状のものが五割、その他二割。身長は百五十四センチ、靴のサイズは二十二センチだが店でサイズが見つからなくて二十二・五センチのものを履いている。好きな物は甘いものと辛いもので、とくに揚げ物が好き。どうだ、当たってるか?」
エヴィはその場で飛び跳ね、彼の肩を強く掴んだ。
「いっ……!?」
「すごいです、全部当たってます!」
オーウェンの腰がぎしぎしと音を立て、むりやりエヴィの目線の高さまで顔を持っていかれる。
「オーウェンさん、神様みたいじゃないですか!」
彼らの目と目の距離、およそ十センチ。
その至近距離から放たれた言葉は、オーウェンの知っている世界の外にある言葉だったようだ。
「カミサマ……?」
「ええそうです、ひとの願いを叶えてくれて、未来のことも知っている、世界一優しくて物知りなお方です」
エヴィの生まれた町には、小さな神話があった。ただこの国にはないらしい。
オーウェンは理解が追いつかないながらも、「そんな大層なもんじゃ……」と呟いていた。
「ですからわたし、あなたの言葉を伝える巫女をやります!」
「……よくわからんが、僕の仕事を邪魔しないんならいい。だから離せ」
オーウェンがいくらエヴィの肩を押しても、彼女の体は動かない。
「あっ、すみません……」
エヴィが手を離すと、オーウェンは息をついて背筋を伸ばした。バキボキと背骨が嫌な音を立てる。
「いった……あんた、なんでこんな力強いんだよ」
エヴィはえへへ、と笑いながら言った。
「生まれつきとんでもなく強いんです。ぜんぜん活かせてないですけど」
大人の男でも背負うのが難しいほど大きな木箱を、エヴィの小さな背丈でも背負えるのは、唯一活かせている点かもしれない。
「グランドパレスへの道は――まあ出ればわかるだろう。首筋を隠して歩けよ」
「はいっ、すぐ帰ってきますね!」
電脳野郎を壊すなよ、という言葉を背に受けながら、エヴィはレディ・グレイスの占いの館を出ていった。
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