第2話 占い師は半地下か駅前によくいる
しばらく表路地から離れていくと、だんだんと街の建物が小さくなっていく。
男が止まったのは、電脳様のための建物にしては小さく、人間のための建物にしては大きいビルの前だった。半地下の入り口には、『レディ・グレイスの占いの館』と書かれている。
エヴィはその看板と怪しげな宝石の装飾を見て、まさか、と声を上げた。
「ここだ」
「ここです!?」
エヴィは仏頂面の男と目の前の怪しげな建物を交互に見やる。
男は自分でも不釣り合いな職業だと自覚はあるのか、エヴィの視線に対してきまり悪そうに視線をそらした。
「電脳様も仰ってただろ、僕は特別な存在――ってことでここに暮らすことを許されてるんだ」
「ということは、あなたも旅人なんです?」
エヴィが何気なく訊くと、男は無言で首を振った。
「詳しい話は家でする」
「占いの館でですか?」
「それ以外どこがある」
真顔で占いの館の鍵を開錠すると、男は扉を開けて入っていった。エヴィもほかに頼るところもないので、きっと占いの館に入るのはこれで最後だろうな、と思いながら男の後をついていった。
「そういえば、あなたのお名前を訊いていませんでしたね。グレイスさんっていうんですか?」
「店名にあったからだろうが、レディに見えるか?」
「どう見てもジェントルマンですが、可能性はゼロじゃないかなって」
男はかぶりを振って否定した。
「……グレイスは妻の名前だ。もうここにはいないがな」
「へえ。もともと奥様のお店だったんです?」
「ああ。看板を付け替えるのも面倒でな」
あえて事情には立ち入らない。そのほうが余計な諍いを避けられると、エヴィはこの旅で嫌なほど思い知った。
「僕はオーウェン・ローゼンタール。あんたの名前も、ちゃんと訊いてなかったな」
「たしかに、これからお世話になるのに失礼ですね」
「結構長い間いる気なのか……」
「ええ。売上ノルマがありますから」
エヴィは言いながら、白いヴェールを上げた。
白色の長い前髪と、その隙間から覗く灰青の瞳があらわになる。
「わたしはエヴィ・フィッツクラレンスです。名高きフィッツクラレンス家のひとり娘がやってきた、と喧伝してもいいですよ」
この姿を見たものは、みな多かれ少なかれ驚いた様子を見せた。
仕方がない。ここまで色素が薄いのは、エヴィの故郷である名もなき北の町でも珍しい。ここまで南に来たとなればなおさらだ。
「フィッツクラレンスなんて聞いたことないし、喧伝もしない。嫌な顔をされるのは僕だからな」
しかしオーウェンは特に驚いた様子もなく、ただただ冷淡に対応した。
そんな態度が、エヴィにとってはむしろ珍しくて。
「へえ。ますます気に入りましたよ、オーウェンさん」
「なんでそんな上から目線なんだ」
彼は相変わらずの不愛想な顔だが、それさえも彼の優しさに思えた。
内部も外観にたがわず、怪しげな雰囲気を放っている。いつのものかわからないほど古い壺、星座がたくさん描かれた円盤、幻想的な金色の三日月型モビール。飾られるものすべてが、無機質なこの国では売っていそうにない。ある意味異様な場所だった。
男が黒いテーブルクロスを引いた机を挟んで、奥側に座る。
「ずっと立ってるのもつらいだろ。座ってくれ」
手前側には高級そうな椅子が一脚置いてあった。
占いに来た客みたいだな、と思いながら、エヴィは背負った木箱を置き、その椅子に腰かけた。机の上の水晶玉に自分の顔が反射している。
「あんたを追ってた電脳野郎……○○九七九号が言ってたが、この国にはグランドパレスって場所がある」
オーウェンは手を組み足を組み、案外粗雑な態度で話しはじめた。
「あれ。電脳様、じゃないんですか」
「あれはよそ行きの言い方だ。電脳野郎どもには敬意を払わないと殺されるんだ」
ここは防音だから大丈夫だがな、とオーウェンは付け足した。
「物騒な国ですね……」
とはいっても、ここまでの旅路でそういう国がなかったわけでもない。
アンドロイドが人間の住民に混じっていて、スパイとして国民の忠誠心を測る王国。
新聞や雑誌の広告にサブリミナル効果を仕込み、一党独裁を続ける共和国。
穏やかな北の町で暮らしていたころは信じられなかった生活だったが、一年ほど旅を続けているとそれも慣れた。
「わたしも長く旅人やってますけど、人間じゃなくて機械に支配されている国は初めて見ましたね」
ああ、と相槌を打って、オーウェンは話を続ける。
「グランドパレスってとこに、『統領』って名前の人工知能があるんだ。電脳野郎を手足とすると、統領は脳。電脳野郎が見たものはすべて統領に知られている。ここに住む人間は、すべてそこで番号で管理されている」
「へえ……それで統領は民を支配してるわけですか。こんな粗雑なオーウェンさんに敬語を使わせるほどの暴政で」
「粗雑で悪かったな」
でも――とエヴィは顎に指をかけて考える。
「人工知能って、人間の奉仕が本能としてあるじゃないですか。なんか、矛盾してないですか?」
「そこがマキナの珍しいところだな」
他人事のようにオーウェンは言う。
人工知能の一番の目的は、人間に奉仕することだ。
世間知らずの田舎娘であるエヴィが知っていたほど、それは常識として浸透している。
人間が本能的に生きようとするように、人工知能は人間に奉仕しようとする。人間に反抗する機械は、すべて基盤の中枢部が破壊されている。そう言い切れるほど、その本能は根強い。
「どう見てもこの国は人間のためにあるように思えないんですけど。むしろその統領ってのが、人間を餌にして生きようとしてるみたいな……」
「いちおう統領の言い分には筋が通ってる。この管理された社会も、人間を完璧に守りたい、という欲望から来ているそうだからな」
そう言ってから、子供みたいな独りよがりだがな、とオーウェンは付け足す。
「まあでも、実際あんたの言う通りだ。この国じゃ、子孫を継ぐための行為以外は禁じられている。それだって特定の領域内で、電脳野郎どもの命令を常に聞きながらだ」
「恋愛もままならないってことです……?」
「まあそうなるな」
愛だとか恋だとかが人間の力を異様に高めるということを、エヴィは知っている。恋愛の制限も、人間の力の抑制に繋がるのだ。
「人間同士の医療行為が禁止されてるのも、人間同士で縁を作らないようにするためだ。そもそも恩も因縁もなければ、
「すごい極端な思考回路ですね」
そう言ってから、エヴィは思い至る。
「てことは、いまのわたしたち、相当やばくないですか?」
「……言ってしまえばそうなる」
口ではそう言っているが、オーウェンの顔に焦りだとかそういう感情は見受けられない。
「なんでそんな落ち着いてるんです!? このままだと死ぬんじゃないんですか!?」
思わず机を叩いてエヴィは立ち上がる。その怪力に机がぎしりと軋んだ。人間ならば肋骨が折れている威力だ。
それなのにオーウェンは机のことなど一切気にかけず、むしろエヴィの大声に耳を塞いでいた。
「うるさい。これから説明する。だから座れ」
この人本当に占いなんかしてるのかな、とエヴィが思わず疑ってしまうほど、冷たく厳しい声でぴしゃりと叱られた。高そうな木製の机が壊されそうになっているのを目にして、眉ひとつ動かさないだなんて。
エヴィはずり落ちかけていたヴェールを目深にかぶり直しながら、椅子に座った。
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