飴と、翼と、死神と

星ヨヅキ

第1話 飴

 私、シオンが、初めて"それ"見たのは病院だった。確かあれは7歳の頃。持病で入院中だった祖母に付き添っていた時のこと。病院の、目が痛くなるような真っ白の壁の中を通り抜けて、"それ"はやってきた。

 

 汚れひとつない白い髑髏の仮面をつけて、何もかも吸い付けて離さないような純黒のローブを身に纏い、背丈以上はあるだろう、いつか見た祖母の畑にあったものより何倍も禍々しい鎌を持った"それ"は、おもむろに祖母の真上の空を切り裂いた。

 

 何事もなかったようにさっていくそれを見届け、お母さんや病院の先生に、来客を伝えるべきかと立ちすくんでいると、ドタドタと青い顔をしながら、両親と主治医たちが乱暴にドアを開けて入ってきた。

「あっ、お母さんあのね...」

「お義母さん‼︎」

「母さん!!!しっかり!!母さんッ!!」

「多村さんバイタルチェックして早く‼︎」

「はい!」

 

 そこからは一瞬だった。よく分からないまま、よく分からない場所に連れてかれ、よく分からないまま祖母は人から、ただの物体になった。ただ漠然と、これが死なのかと納得した自分がいた。

 

 これが私のはじめての身近な人の死であった。その後、小学校の図書館でみた絵本や文庫の知識から、"それ"が人の魂を刈り取る死神と言われるものだとわかった。

 

 あの日の、病院での出来事は高校一年になった今でも誰にも話していない。当時も子供心にあれは今話すべきものではないとわかっていたし、後になっても子供の妄想や頭がおかしくなった人、そう言う不思議ちゃんキャラ設定だとか思われるんだろうなぁなんて考えていたら、タイミングを見失い、気づけばもう9年の月日が流れていた。

 

 だから、そのことはもうほとんど忘れかけていたし、思い出す予定もなかった。なぜ、"それ"が今になってまた現れたのかはわからない。


 その日は1人で帰宅していた。所属していた美術部は、テスト期間の活動停止による休み。仲のいい友達は、今日も自主練で走るから。と、校庭に駆けて行ってしまった。季節は秋。段々と冬の来訪が近づき肌寒い。その中で走り込みとは尊敬する。私は、もう暖かな誘惑に負けて、家の倉庫からストーブを引っ張り出してきたというのに。

 

 特に代わり映えのない地元の道を歩く。この辺りは、都市化に遅れた準田舎のような場所なので、目移りするようなものはない。そのため、自然と家へと帰る足は速くなる。それがいいことなのか嘆くべきことなのかはわからないけど。

 

 いつもより少し大きな歩幅で、最後の交差点に差し掛かる。信号待ちをしている私をそっちのけで、前を通り抜けていく自動車群を恨めしく思いながら、帰宅後の計画を立てる。趣味の読書や、イラストに時間を割きたいところだが、あいにく今はテスト期間。自由に趣味に没頭する時間も限られている。これだからテストは嫌なのだ。皆が嫌だと思っているなら廃止してしまえばいいのに。と、誰もが一度は思ったことがあるであろう、どうあっても叶うことのない儚い夢に想いを馳せる。

 

 そんなくだらない妄想に浸っていたからか、現実とはあまりにかけ離れた、この何気ない日常を強引に壊していく異物に私はなかなか気づかなかった。

 俯いて、下を向いていた顔を上げる。特別、気配を感じたり、嫌な予感がしたとかそういう意味がある行動ではなかった。ただ、信号が青になるのはまだかと確認しようとしただけだった。

 

 ただ確かに"それ"はいた。あの日と同じ、汚れひとつない白い髑髏の仮面をつけて、何もかも吸い付けて離さないような純黒のローブを身に纏って。

 

 逃げろ。私の中の全細胞が、本能によって私に一斉にそう命令を下す。身体中の皮膚が粟立つ。なぜ?どうしてここに?走馬灯のようにあの日の場面が脳内を駆け巡る。怖い。今までもこれからも、ここまで恐怖を感じることはきっとないだろう。必死に体を奮い立たせ、逃げようと視線を"それ"とは逆方向に向けようとする。


「...ッ!!!」


金縛りっ?!

恐怖の影響か、体が思うように動かない。もしくは本当に魂を刈り取られたか?"それ"と

目があった。

そして...




手を振られた。




「..................................え?」


たっぷりの間を置き、ようやく出た1文字。

え、私?というふうに自分の胸に指を指す。コクコクと、首を縦に振られる。こんなだったっけか?死神って。これも記憶の齟齬か?いや、こんな強烈な体験をしていたなら、そんなこと忘れない。忘れるわけがない。


「え?...えっ?」


 思わず立ち止まる。信号が青になり、周りの人間が邪魔そうに私を避けていくのに妙な現実感を感じ、ようやく体の自由を取り戻した私は全力ダッシュした。もちろん反対方向に。

 

 なんだ今のは。夢か?テスト勉強のために、深夜まで起きていたのが疲れて体にたたったか?なんにせよ、今日は早く寝よう。

 

 かなりの遠回りをしつつ、なんとか近所ではかなり目立つ自分の家の赤い屋根を見つけた。いつもは鬱陶しく感じるあの屋根が、今日はなんだか無駄に頼もしく見えた。スピードを上げて早歩きで、玄関にまっすぐ向かう。


「あ、おかえりなさい!随分遅かったですね。」


「うぉわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 そこにいたのは紛れもなく死神であった。

そのことを理解し、私の意識は遠のいた。


..........。何かすごい悪夢を見ていた気がする。横断歩道で見つけた死神が、家の玄関で待ち伏せしてて、おかえりって言われる夢。

 

 何言ってんだ?起きよう。定期テストの勉強をしなければならない。憂鬱だなぁ。うぅ。メネラウスの定理なんてどこで使うのよ...。大人しく目を開ける。


「おはようございます。よくお眠りになってましたよ。」

 

 考えるよりも、悲鳴よりも先に、反射で手が出る。

 

 ゴスッという鈍い音を立て、私の膝枕になっていた死神は強烈な右フックを喰らい、仰向けに倒れた。

 

 ダメもとだったがうまく当たったようだ。もしかしたら拳がすり抜けるのではなかろうかという心配があったが、それは杞憂に終わった。


「ぐふっ!痛いですよ...いきなり失礼な方ですね!」


 げっ、まだ生きてるのかコイツは。いや、そもそもこれに死の概念があるのかが怪しい。


「やれやれ乱暴なレディは嫌われますよ...。」

 

 段々と冷静な思考を取り戻していく。それに伴いどんどんコイツへの謎が増していく。


「おっ、お前は誰だみたいな顔をしていますね。宜しい!お答えしましょう。聞いて驚け、見て慄け!どうも死神です。気軽に死神さんとお呼びください。先程の交差点で、どうも他の人と違うオーラを放っているあなたを見まして、もしや私が見えるのでないかと思い、この家まで来てしまいました。」

 

 私をおいて、勝手に話始める死神。


「おっと、私ばっかり喋っていましたね。あなたの番ですよ!お名前から趣味、好きな食べ物血液型なんでもお話しください!なんせ人とまともに話すのは久し振りですからね!あ、喋りすぎると人間は喉が痛くなってしまいますね。飴ちゃんいります?」


 これが、私の最悪で、愉快で、ちょっとおかしい死神との再会であった。

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飴と、翼と、死神と 星ヨヅキ @TK0330

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