第10話

 森の中。一部打ち倒したモンスターの群れに囲まれて、尻を出す男女二人。


 剣撃の余波のオーラを立ちのぼらせるデスーワの背中に、シリダスは声をかけた。


「デスーワさん。いい知らせと悪い知らせがあるんだけど」


「いい知らせからお聞かせ願いましょうか」


「ダンジョンの外で突発的に発生する野良モンスターは、活動のために体内に高エネルギーの魔石を持っている。ダンジョン内のモンスターとは比較にならないほどにね。

 超上級モンスターのウルフカイナラシマスターともなれば、それ一体でそこそこのダンジョンを踏破するのと同等の換金価値のある魔石が手に入るはずだ」


「素敵ですわね。それで悪い知らせは?」


 シリダスは上空の超上級モンスターを見上げて、言った。


「魔石の獲得は、モンスターを倒さないとできない。

 戦って負けるようなら、収入はおろか、あなたの命すらも保証できない」


「あら。つまり」


 デスーワは剣を優雅に構え直して、可憐かつ不敵に微笑んだ。


「悪い知らせは、ないということですわね」


 上空のウルフカイナラシマスターが動いた。

 魔力をみなぎらせ、それを地上に降り注がせた。

 森の中に残っていた狼型モンスターが魔力を浴びてステータスをアップし、あるいは新しいモンスターが召喚され、さらには狼系モンスター最上位種のマジデツヨイウルフまでもが呼び出され、そのすべての狼型モンスターたちが、一丸となってシリダスたちにおどりかかった。


「超上級モンスターと呼ばれるだけの能力、確かに脅威でしたけれど」


 その声が届くより速く、上空のウルフカイナラシマスターの背後に、デスーワはいた。


 状況の再確認。

 デスーワ、襲いくるモンスターを剣撃で打ち払う。

 打ち払って、空中に打ち上げる。

 その空中のモンスターを足場にして、蹴り渡る。

 そうやって、背後を取る。


 その一連の動きを、さしもの超上級モンスター・ウルフカイナラシマスターといえども、とらえきれなかった。

 常人の100倍の敏捷ステータスに、さらに尻出し付与魔術による100倍ステータスアップをかけた、常人の10000倍いちまんばいの速度の剣撃を、尻を、ウルフカイナラシマスターはとらえきれなかった。


 デスーワはひとつ、優雅に微笑んだ。


「あなたの強化魔法の強さは、尻を出すこと以下でしたわよ」


 デスーワの攻撃が、ウルフカイナラシマスターを打ち倒した。



   ◆



 モンスターの体内から魔石も回収し、一段落ついて。

 森をそよぐ風が尻に浮いた汗を乾かすのを感じながら、シリダスは言った。


「ありがとうデスーワさん。おかげで助かったよ。

 もしもデスーワさんが来てくれなかったら……」


「そこですわよ!」 


「ふひゃん!?」


 尻をしまったデスーワが、常人の100倍の敏捷ステータスで回り込んでシリダスの丸出しの尻をもみもみした。

 シリダスは尻を出しているので、尻のぷるぷるステータスも100倍のもみ心地だった。


「あなたわたくしが来なかったらどうするおつもりでしたの!? 超上級モンスターがいたのは予想外だとしても、一人で戦う以外の選択肢だっていくらでもあったでしょうに!

 そのくせわたくしに気遣ってお尻を出させようとしなかったり! 村人の尻は求めたくせに! 村人の尻は求めたくせに!!」もみもみもみもみ


「ふひゃうん、デスーワさん、それ怒りポイントはどこ?」


 デスーワはまくしたて終えて、ぜーぜーと息を吐いた。

 そしてシリダスと向かい合って、ふてくされるように告げた。


「正直に言って、あなたのことは好きではありませんわ。

 けれどほうっておくのはあまりにも危なっかしいですし、わたくしもこうウワサが広がっていては家にもギルドにも居づらいですし」


 シリダスはきょとんとした。

 デスーワは言わんとすることを察していない様子のシリダスにイライラして、やけくそ気味に怒鳴った。


「わたくしがしばらくついていってあげると言っているんですのよ!! 感謝しなさいな!!」


 その言葉を聞いて、シリダスはぱあっと顔を明るくした。


「これからも僕のために尻を出してくれるの!?」


「言い方ですわよ!! あとついていっても必要なければ尻は出しませんわよ!!

 他にまともな同行者ができるまでの間、あくまで一時的に一緒にいてあげると言ってるんですわよ!」


 それを聞いて、シリダスはしょんぼりした。


「ゆきずりの尻でしかないってことだね……」


「あなた尻を中心にした物言いしかできませんの? 世界の中心が尻ですの?」


 デスーワはため息をついた。

 対照的にシリダスはにっこりと笑って、手を差し出した。


「けど、たとえいっときの関係だとしても、ありがとうデスーワさん!

 ちゃんとした仲間が見つかるまでの間、よろしくお願いします!」


 デスーワはその姿を見て、ため息をついてから、仕方ないという態度で笑った。


「あなたのこと好きではありませんし苦手ですけど、そういう素直な感じは嫌いにはなれませんわ。

 まあ、こちらこそよろしくお願いしますわ。ウワサのほとぼりが冷めるまでは」


 デスーワも手を出して、握り返そうとした、そのとき。

 びりり、という音が響いた。


 デスーワはシリダスの強化を受けると、常人の10000倍いちまんばいという驚異の敏捷性を発揮する。

 そして以前大迷宮で戦ったときは、その能力に耐えきれずモンスター一体との戦いで剣がボロボロになってしまった。

 今回戦ったのはモンスターの群れであり、デスーワの動きの激しさは前回以上のものだった。

 そういったいきさつを、デスーワは瞬時に理解し……つまり何が起きたかというと。

 今回は剣だけでなく、全身の服が耐えきれずにビリビリになった。


 シリダスには、人の細かな機微は分からない。

 ただ目の前で起こった事態に対し、自分に非があるか否かにかかわらず、まずは地に手をついて頭を下げる程度の社交性はあった。

 そしてデスーワにも、自身に降りかかった被害に対し、その原因の人物に悪気はなかったと判断し、堂々かつ粛々と振る舞う程度の冷静さはあった。


 結果。

 森の中、全裸で腕を組み無の表情で仁王立ちする金髪縦ロールの女と。

 その前で土下座をする、尻を出した男。

 そんな絵面が出来上がったのであった。


 デスーワは空を見上げて思った。

 この男とやっていける人間が、本当にどこかにいるのだろうか、と。


 空は青く、澄んでいて、どこまでも続いていきそうな、そんな予感がした。



   ◆



 ごつごつとした岩だらけの、山岳地帯。

 街道に倒れ伏す、盗賊団の男たち。


「うむー……拙者もまだまだ未熟でござるなー」


 盗賊団たちの前でゆったりとあぐらをかく、女。

 東方の服装。ハカマと呼ばれる下履きをはいて、腰にカタナと呼ばれる武器を差す。

 なだらかな胸元はサラシと呼ばれる白い布が巻かれるだけで、肩にはあでやかなキモノを引っかけている。

 黒い髪はさらりと流麗。顔立ちは童顔ながら端麗。

 そして背後の大岩には、カタナによって切り裂かれた傷が、中ほどまで走っていた。


 女は空を見上げて、一人ぼやいた。


「どこかにいないでござるかなー。

 この拙者の……居合剣女イァイコの剣術を、さらに高めてくれるような御仁ごじんがなー」


 空は青く、澄んでいて、どこまでも続いていきそうな、そんな予感がした。

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