第8話

 神速令嬢デスーワは、テーブルをバンと叩いた。


「シリダスさんが一人でモンスターと戦ってるって、どういうことですの!?」


 デスーワの剣幕に、応対していた母子はびくりと縮こまった。

 その様子を見て、デスーワはひとつ深呼吸をして、自分に言い聞かせた。


――落ち着くんですのよデスーワ。この方たちに強く当たっても、仕方のないことですわ。


 冷静になって、状況を再確認する。


 現在地、山のそばの村。

 そこにある民家のひとつにて、来客用のテーブルについている。

 応対している母親と、お茶を持ってきた娘。その奥によぼよぼのおじいさん。

 村に着いてざっと見た様子では、どちらかといえばさびれた雰囲気で若い人間は少なそうだった。

 そしてこのあたりの土地は、本来、モンスターがさほど出ない地域であった。

 それが突然、多数のモンスターが出現。

 そんなタイミングで、たまたまシリダスはここを立ち寄り、状況を把握してモンスター退治に単身出発した……と。


 デスーワは村人から聞いた情報をもとに考察する。


(村人の目撃情報とシリダスさんがこの方々に伝えたお話から察するに、付近にいるのは狼型モンスター、『チョットツヨイウルフ』の可能性が高いですわね……

 チョットツヨイウルフ、群れの規模次第でC級ギルド案件からB級ギルド案件に相当するモンスターですわ。

 少数でしたらステータスを100倍にすればシリダスさんお一人でも対応できるでしょうけれど、もし群れの規模が大きければ……)


 黙り込んでしまったデスーワに対して、母親はびくびくしながら話した。


「危険なモンスターがいるとちゃんと理解していれば、私たちもそれなりの対応をしたんです……

 でもシリダスさんという人、私たちの話を聞いた後、鬼気迫る顔で詰め寄ってきて……」


 母親は娘と抱き合って、ぷるぷるとふるえた。


「全員ズボンを脱いで尻を出せと……子供も老人も関係なく全員って……」


「ぐすんぐすん、怖かったよぅママぁ……ものすごい顔でお尻を出せって迫ってきてぇ……」


「それは完全にシリダスさんが悪いですわ」


 後ろに控えていたおじいさんが、自分の身を抱きしめながら気持ち顔を赤くしてふるえた。


「ワシの尻も狙ってきたんですじゃ……昔はヤンチャしたものですじゃが、今はもうこんな老いぼれですじゃし孫もいる身でゆきずりのワンナイトにおぼれるわけには」


「すみませんけど今そういう話じゃないので黙っててもらえませんこと?」


 ツッコんでから、デスーワは考察した。


(他の街からは離れた場所ですし、助けを求めていては村人に被害が及ぶと考えて、村人たちに付与魔術をかけてここの人員で対応しようとしてさたんですのね。

 けれど断られ、シリダスさんは一人でモンスターに戦うことに決めた……と。

 ……まったく)


 デスーワはため息をひとつついて、立ち上がった。


「わたくしはシリダスさんを追いますわ。シリダスさん一人でもなんとかなるかもしれませんけれど、そうでなければ加勢しますわ」


「あの、冒険者さん、戦っていただけるならありがたい話なんですけど、私たち冒険者さんに払えるお金が……」


「結構ですわ」


 申し訳なさそうな母親に対して、デスーワは背筋を伸ばしてぴしりと言った。


「シリダスさんは、見返りを求めずにモンスターに向かっていったんでしょう。ならわたくしも謝礼をいただくわけにはいきませんわ」


 堂々として、けれどちょっとおもしろくなさそうな表情で、デスーワは漏らした。


「でないと、そのシリダスさんの尻を蹴っ飛ばそうとしているわたくしが、心の狭い人間みたいじゃないですの」


 デスーワは駆け出した。

 常人の100倍の敏捷ステータスで、一陣の風のように。



  ◆



 そして今。

 付与魔術師シリダスの叫びが、山々にこだました。


「誰か僕と一緒に、尻を出してくれーッ!!」


 出してくれー、出してくれー、出してくれー……


「……言い方をもうちょっと考えませんこと!?」


「ぎゃん!?」


 シリダスは丸出しの尻を蹴られて、でもステータスが100倍になっているので強靭な体幹で踏みとどまった。

 シリダスは振り向いて、尻を蹴ってきた人物を見た。

 金髪縦ロールの冒険者。神速令嬢デスーワ。


「デスーワさん!? なんでここに!?」


「あなたのお尻を蹴っ飛ばしに来たんですわよ! まずその用事はこれで終わりですわ!」


 デスーワはその凜とした見た目に比べればぶっきらぼうな言い方で言い捨てた。

 それから剣を構えて、シリダスの横に並び立った。


「お次の用事は、ヤンチャなワンちゃんに痛い目を見せて、人助けですわよ」


 二人の正面。

 森の木々や草むらをぬって、狼型モンスターが何匹もこちらに歩み寄り、攻撃的にうなっている。

 デスーワは不敵な笑みをひとつ浮かべた。


「A級ギルド所属のわたくしに、この程度なんの障害にもなりませんのよ」


 デスーワは駆けた。

 常人の100倍の敏捷ステータス。目にも留まらぬ早技。狼型モンスターが次々と打ち倒されていく。

 デスーワの余裕の笑み。

 そこでシリダスが声を張った。


「デスーワさん気を抜いちゃダメだ!」


 はっとして、デスーワは見た。

 打ち倒した狼型モンスターの何匹かが、立ち上がっていまだ臨戦態勢にあった。

 その毛並みの違いを見て、デスーワは思い至った。


「これはっ、チョットツヨイウルフだけではないんですの!?

 上位種モンスター……『ダイブツヨイウルフ』が混じっていますわ!」


「それだけじゃない、森の奥の空を!」


 シリダスに言われた方に、デスーワは目を向けた。

 そして驚愕した。


「まさか、あれは!?」

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