第7話
神速令嬢デスーワにとって、付与魔術師シリダスという人間は「とりあえずS級ギルド相応の人間」という程度の認識だった。
良くも悪くも住む世界の違う人間。デスーワは優秀だがA級ギルド相応の実力の人間だと自認していたし、シリダスの所属するギルドがS級に認定されるだけの成果を上げているのも確かだった。
かかわりがあることもない。文字通りランクが違うのだから。
あと成果を上げているのは認めていても、尻を出してモンスターと戦う集団とお知り合いになるのはやっぱりちょっと気が引けるし。
そういうわけで、デスーワはシリダス個人のことをあまり知らない。
だからデスーワに、ギルドを追放されたシリダスの向かう先など見当もつくはずもなく、ひたすら情報収集にいそしんだ。常人の100倍の敏捷ステータスで。ただ一発ぶん殴るために。
そして、聞いたお話。
「ん〜、尻出しの人かぁ〜? それならこないだ、ここの商店の荷物が大崩れしたときに片づけるの手伝ってくれたなぁ、尻を出して」
「お尻を出した人ねぇー、わたしが手を離しちゃった風船がねぇ、木に引っかかったのをねぇ、登って取ってくれたの! お尻を出して!」
「あのね、なぞなぞの本が解けなくて考えてるのをね、一緒に考えてくれたんだよ! お尻を出して!」
「うちの子がなかなか泣きやまなかったときに、ダンスを踊って泣きやませてくれたの。お尻を出して」
で、町はずれのお茶屋で休憩。
「……なんか……なんか……」
デスーワは屋外の路面席に座って、ぷるぷるとふるえた。
そして我慢できなくなって、叫んだ。
「なんか普通に小さな親切してるんじゃねぇーですのよ!!
尻出しのくせに!! 元S級のくせに!!」
「おねーちゃん、それけなしてるの? ほめてるの?」
店主が持ってきたお茶とお菓子を、デスーワはヤケ食いした。
「モグモグなんかわたくしが心の狭い人間みたいじゃないですのよもう少しダメな人間でしたら思いっきりぶん殴りますのに普通にいいことしてらっしゃるし元々ギルド所属のときから尻出し以外は別に悪い評判もうっま! このお団子おいしいですわ! お茶に合いますわ〜!」
「はあ、喜んでくれてありがとね、おねーちゃん」
デスーワが路面席でうまいうまいと騒いだので、気になった通行人が足を止めてお茶屋の売り上げが上がったりする中、デスーワは聞き込みの情報をまとめた。
「シリダスさんの足取りをまとめると、次はこの村に立ち寄りそうですわね……!
待っていらっしゃいなシリダスさん! 必ず追いついて、一言文句を言ってやりますわ〜!
あっ店主様、おみやげ用のお団子も一袋包んでくださいまし」
「はあ、まいど。せっかくだしおまけで一個余分に入れとくね」
「ありがとーございますですわ〜!」
お団子の袋を受け取ってほくほくのデスーワは、一秒後にはたと思い出してシリダスへの怒りをたぎらせ直し、シリダスがいるとおぼしき村へ向けて走り出した。
常人の100倍の敏捷ステータスで。
「……さて、お団子もっと作るかー」
店主は繁盛しだしたお店のお客をさばくべく、気合いを入れた。
◆
山々にほど近い、小さな村。
そのそばの、緑深い森。
「はぁっ、はぁっ……くっ……!」
付与魔術師シリダスは、孤立していた。
周囲には複数の、狼型モンスター。人の姿はなし。
「……誰か……!」
シリダスは魔術師の杖を強く握り直し、熱い息を吐き。
そして丸出しの尻をきゅっと引き締めて、叫んだ。
「誰か僕と一緒に、尻を出してくれーッ!!」
出してくれー、出してくれー、出してくれー……
山々の間に、シリダスの声が遠くエコーした。
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