神速令嬢デスーワ
第6話
「神速令嬢デスーワ。きみとの婚約を破棄する」
「は?」
婚約者フィアンセデスのその言葉は、神速令嬢デスーワにとって唐突にもほどがあった。
デスーワは混乱した頭で、フィアンセデスに言いつのった。
「まっ、待ってくださいましフィアンセデス様! 婚約破棄!? 何を言ってらっしゃいますの!?
確かにわたくしたちは愛し合っているわけではなく、家同士の体裁のために婚約した身ではありますわ! けれどお互い冒険者と外交官として、やりたいことに干渉せず好きなことをするということで合意していて、仮面夫婦として良好な関係を築こうとしていたはずですわ!
それがどうして、急に婚約破棄なんて話になるんですの!?」
「どうしてもこうしてもないよ……」
デスーワの家の応接室。
婚約者フィアンセデスはテーブルに両ひじをついて、両手の上にあごを置いて、悲痛な面持ちで言った。
「尻を出したんだろう……僕以外の男の前で……」
デスーワは口をぱくぱくさせた。
フィアンセデスは沈痛な表情を両手でおおって、続けた。
「いや……仕方ない状況なのは分かるよ……状況聞いたしまあそうするのが妥当なんだろうとは思うよ……
けどすごいうわさになってて……家の体裁のための結婚なのに、その体裁がえらいことになっちゃってて……」
「まっ、待ってくださいましフィアンセデス様!」
デスーワはフィアンセデスに詰め寄って、両肩に手を置いた。
「冷静に考えてくださいませ、フィアンセデス様。
わたくしの敏捷性は、常人の100倍ありますの。
そしてシリダスさんの付与魔術を使うと、その敏捷性はさらに100倍になりますの」
デスーワは真剣な眼差しで、フィアンセデスの目を見すえて、言った。
「常人の
「常人の
デスーワは床に
フィアンセデスはいたたまれないという表情で話し続けた。
「まあ、申し訳ないとは思うし……きみも大変だろうから……
家同士で話し合って、きみの方の一方的な落ち度で婚約破棄したみたいな外聞にはならないよう頑張るから……」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいまし!」
デスーワは両手をテーブルにバンとついた。
「どっちの落ち度とか、そういうバランス以前に!
このままだとわたくし『人前で尻を出したから婚約破棄された令嬢』になってしまうのですけど、それはなんとかならないんですの!?」
「ごめんさすがに無理……もう尻出しのうわさが広まりすぎてどうしようもないよ……」
デスーワは床に
フィアンセデスは申し訳なさの極みみたいな表情をして、締めくくった。
「そういうわけで……本当気の毒だとは思うけど……やれることやるとして、婚約破棄はもうどうしようもないから……
その、おわびというにはしょうもないものだけど、ばあやの焼いたげんこつクッキー食べる……?」
デスーワはしばらく、突っ伏したまま動けなかった。
やがてその背中から立ちのぼるオーラがメラメラと燃え盛り、デスーワは怒りの形相をたずさえて立ち上がった。
「あンの変態尻出し付与魔術師ィィ〜!!
許せませんわ! 絶対に許しませんわ! わたくしにとんだ恥をかかせてくれただけでなく、こんな悲惨で不名誉な事態にしてくれくさりやがりましてうっま! このクッキーおいしいですわ!」
げんこつクッキーをばりぼりむさぼり、そのままデスーワは冒険の装備を引っつかんで、常人の100倍の敏捷ステータスで家を飛び出した。
「付与魔術師シリダス〜!! 絶対に見つけ出して、この落とし前をつけさせやがりますわよ〜!!」
デスーワは激怒した。
必ず、かの尻出し付与魔術師を除かねばならぬと決意した……かはともかく、一発ぶん殴らないと腹の虫がおさまらなかった。
げんこつクッキーのかけらをまき散らしながら、デスーワは付与魔術師シリダスの足取りを追って駆け抜けたのだった。
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